9.魅惑のマーケット
「わあ! 可愛いですねぇ!」
歓声を上げたのは六花。
先日千早が連れ帰ってきたクライムバニーを、うれしそうになでる。
ベースのメンバーに聞いたところ、しっかり戸締りする形であれば、共用部分にも出していいという事だった。
さすがに手狭になってきた、千早の部屋。
こういう形なら、魔物たちも気楽にできるだろう。
「それにしても、本当に人慣れしてるなぁ」
「魔物の9割9分は好戦的だけど、ごく一部は普通の動物と変わらないわ」
ダンジョンキャットはもう、猫特有の腹見せ状態での寝転がりを披露。
野生どころか、魔性すら失われてる……。
「いくぞ、それっ」
俺が骸骨剣士の骨を投げると、ミニブラックドッグが大喜びで取りに行く。
そして戻ってきて「もっと! もっと!」と尻尾を振って次を最速。
「それっ!」
……これ、癒されるなぁ。
「あっ、そろそろ時間ですよ」
「マーケット探索の時間か。今日は千早も一緒にどう?」
「そうね。マーケットには興味があるし、同行させてもらうわ」
ダンジョンと言えば、『攻略』が華。
しかしダンジョン由来の物品に夢中になっている俺たちコレクターにとって、市場調査は大事な日課だ。
今日は三人でベースを出て、マーケットへと向かう。
ダンジョン特区は、『モンスターフラッド』と呼ばれる魔物の大量流出で破壊さえた過去もあり、建物に関する法律が今もアバウトだ。
そのため、通常許されない建て方も見逃されている。
その影響もあって電信柱や電線がかなり複雑で、とにかく雑多な雰囲気がよく出ている。
この感じがまた、いいんだよなぁ。
「おっ! 【ダンジョン・エクスプローラー】だ!」
簡素な造りの小さな店は、雑貨店なのだろう。
あれこれとダンジョン関係の品が並んでいる。
その中にあった一つの武器が、俺の足を止めた。
「【ダンジョン・エクスプローラー】ってなんですか?」
「ダンジョンの探索が民間に任され始めた頃に生まれた武器製造の企画なんだけど、柄と鍔と刃を複数パターン作って自分に合う組み合わせで使うっていう形式の武器で、初心者が多かった時期に結構重宝されたんだ」
でもダンジョンの素材で『切れ味』がほとんど下がらないものが見つかってから、数は減っていった。
見なくなってしまうと欲しくなるのが、人のサガなんだよなぁ。
「こいつは、色んなバージョンを継ぎ足した『ジャンク』品も多くて、好きなんだよ」
「この剣は持っていないんですか?」
「いや、純正は三つある」
「それなら十分なのではないの?」
「これっていう純正を一つ手元に残したうえで、ジャンク品を作って遊びたいんだよ」
短剣、片手剣、両手剣っていう三型が基本の武器。
でも中には重い短剣や、対象の魔物に合わせて刺突用にした改造品なんかもある。
あの時代の煩雑さは、今にして思うとすごく面白い。
まあ、さすがにこの感覚は分かってもらえないかなぁ。
「これ、偽物だよ」
「マジで……!?」
店主の言葉に、思わず息を飲む。
「当時武器が飛ぶように売れたってんで、金属加工の得意な製造業の工場が、よく似た【ダンジョン・エクスペリエンス】って名前で作ってたんだ。その完品だよ」
「買います」
「偽物でも、いいものなの?」
「昔はキャラクター商品の偽物、勝手に作ったものもあったらしくてさ。これがあらためて見てみると、すごく愛らしいんだよ」
コレクターとしては、放っておけない逸品だ。
【ダンジョン・エクスプローラー】は俺も含め、すでに集めてる人がいる。
そのうち彼らも、このニセモノにたどり着くだろう。
そうなったら必ず、『入手難度』は上がってくる。
「【ダンジョン・エクスペリエンス】……ゲットォォォォォォ――――ッ!!」
俺は即断で買ったニセモノを、歓喜と共に掲げる。
「こういうのは、抑えられる時に抑えないといけないんだ……! コレクターは知っている。逃したら二度と手に入らない物があるということを……っ!」
あの日あの時、発売された限定品。
買えなかった物は、もう二度と会えないかもしれない。
「……確かに、魔物との出会いも一期一会だわ」
「逃した時の切なさは当分後を引くし、その後も時々思い出してはため息をつくことになるからな!」
「ふふっ、ずいぶん熱いのね」
「クスクス、本当ですね」
手に入れた【ダンジョン・エクスペリエンス】を手に、熱く語る俺の姿に二人が笑う。
「でも、あまり無理なお金の使い方をしてはダメですよ」
軽く俺をたしなめるように言う六花。
「きゃああああっ!」
突然、悲鳴を上げた。
「これ、魔宝石を使った置き時計ですか!?」
「ああ。僕はもともと時計メーカーの職人だったんだけど、魔宝石に魅入られて作ったんだよ」
「この色味はアヤメ色……いえ、お店の照明を考えるとフクシアパープルですか?」
「よ、よく分かりましたね……」
「買います! 全色ください!」
「いえ、一品ものですので」
様々な加工用の道具を広げている店主を、ちょっと引かせる。
鳴海六花、マジで人のこと言えない。
でも『色』の要素は、人を狂わせるよなぁ。
俺も『黒』の【ゴブリンリーダーの剣】が発見されでもしたら、自分を抑える自信がない。
「ふふっ、この辺は六花も変わらないわね」
興奮したまま容赦のないお買い上げを披露する六花の姿を見て、笑う千早。
「ッ!?」
直後、ビクリとその表情を硬直させた。
「ちょっと待って、これってエリフラの葉ではないかしら……?」
そこには鉢植えに生えた、高さ1メートルほどの植樹。
「この木はよくマジシャンフクロウがとまり木にしているんだけど、葉はクライムバニーの好物でもあるの。しかもこの状態で生きてるってことは、スキルによる持ち出しね」
そう言って千早は、手帳に収めた写真を見せてくる。
そこには、エリフラの木にとまるマジシャンフクロウの姿。
「意外だな、写真とか撮ってるんだ」
「……たいしたことはないわ。記録用に2,3枚ほどよ」
指摘にハッとして、さっさと手帳をしまう。
「それなら、買って帰るか?」
「私は別に、買い物に来たわけではないから」
そう言って、クールに退店。
俺と六花も、手にした新たなコレクションが削れてなくなるんじゃないかというほどの頬ずりをしながら、後に続く。
こういう発見があるから、マーケットめぐりは止められないんだよな。
俺たちは店を出て、露店が続く区域へ。
すると突然、千早がピタリと足を止めた。
「ん? どうした?」
「用があったのを思い出したわ。二人はマーケットめぐりを続けて」
そう言って千早は唐突に踵を返し、一直線に去っていく。
「響介さん」
「ああ、そうだな」
残された俺と六花は、互いを見合って笑みを浮かべた。
そして小走りで、『先回り』を仕掛ける。
そのまま近くの店の壁に隠れて、様子をうかがう。
すると予想通り、千早がやってきて足を止めた。
それからあくまでクール顔で、辺りを確認。
『さっきの店』に入ったところで、俺たちも突撃する。
「千早」
「ッ!?」
「あははははっ」
「ダメですよ千早さん。何かが欲しくてする行動は、全てお見通しですっ」
「コレクター的には、突然思い出したかのように足を止めて、『やっぱり買おう』で現地に戻るのは、あるあるなんだよなぁ」
「…………」
楽しそうに笑う六花の表情に、千早は恥ずかしそうに顔を背けた。
笑う俺たち。すると。
「すみません、そこにあるエリフラの木をいただきたいのですが」
「「「っ!?」」」
まさかのライバルが登場した。
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