8.千早のスキル
「それでは行きましょう」
千早はそう言って、クールな面持ちでダンジョン内へ踏み込んだ。
「なに?」
「いや、先日のあれの割に普通だなって」
魔物頬ずりからの、下着発見。
これ以上ないくらい赤面してたから、まだ少しソワソワしてるかと思ってたんだけど。
「見られてしまったら、もう仕方ないもの。今さら慌てたりはしないわ」
「でも数日は、俺の顔見る度に隠れてたよね?」
「な、なんのことかしら?」
約束の五階層遠征の日。
俺たち二人は最短ルートで、ダンジョンを降りていく。
「ここにはまだまだ、可愛い魔物があふれてる。放ってなんておけないわ」
「いや可愛いって言っちゃったよ。研究用の名目はどうした」
「だってミニブラックドッグは私が帰ってくると尻尾を振って駆け寄ってくるのよ! 好奇心旺盛なダンジョンキャットが見せるイタズラな一面もたまらないし、肩に登って来る逃げイタチの愛らしさは最高。私はもっと魔物を撫でて抱きしめてモフモフ感を味わいたいの!」
……ここまで熱く語る千早を見るのは、初めてだ。
今までこんな言葉を聞くことはなかったし、どうやら前回のことで少し、関係に変化が起きたみたいだ。
「よし、何かあったら呼んでくれ」
「分かったわ」
別れ道についたところで、一度散開。
俺は骸骨剣士の『湧き』具合を見に行って少し狩り、千早の様子を確認しに戻るっていう流れでいこうと思う。
探索の時は、割と目立つアウトドア装備の千早。
カラフルなマウンテンパーカーを羽織った姿は、どこか登山者を思わせる。
ここで俺たちは、別行動を開始した。
◆
五階層にもクライムバニーの姿が見られると知り、やって来た柊千早。
この階層は、ダンジョン内をめぐる魔力によって明るく照らされている。
岩場の各所に生えた多様な草が緑に輝き、見た目に綺麗なのも特徴だ。
「程よい高さの岩壁が続いてる。この辺りね」
可愛い動物ハンターである千早の次の狙いは、クライムバニー。
普段は高所に穴を掘り、そこに住んでいるのではないかという響介の仮説を確認したい。
そんな狙いで、ここまでやって来た形だ。
心を打たれた魔物には何百回でも会いに行って慣れ、できるようなら連れ帰る。
千早は、そんなことを繰り返している。
「……ん?」
続く洞くつの道から、こちらに駆けてくる探索者たちの姿が見えた。
「ほら逃げろ逃げろ! 焼けちまうぞ!」
放つ炎の魔法が、次々に地面にぶつかり弾ける。
そんな冒険者に、追われているのは――。
「クライムバニー……!」
一匹のクライムバニーが、全速力で逃げてくる。
しかしその速度は、普段よりも遅い。
それは前足のケガのせいで、どうやら壁を登ることもできないようだ。
三人組の探索者はそのまま、壁際にクライムバニーを追い詰めた。
「ここ数日、目当ての魔石が手に入らなくてイライラしてたんだ。こいつはストレス解消にもってこいだな! 【ファイアボルト】!」
飛来する炎弾を、クライムバニーは必死にかわす。
しかしケガの影響か、不様に地面を転がるような形になってしまった。
「ほらほらどうしたァ! もっと逃げねえと焼けちまうぞォ! 【ファイアボルト】【ファイアボルト】【ファイアボルト】!」
そしてついに、真横で弾けた炎弾の余波に弾かれ倒れた。
「なんだよ、もう終わりか?」
そう言って男が、その手をクライムバニーに向けたところで――。
「なんだ、お前」
千早が、その前に立ち塞がった。
「敵意がなく、抵抗をしない者に好き勝手するような真似、悪趣味よ」
「お前には関係ねえだろ。退け、こっちはイラだってんだ」
ダンジョンにいる人間以外の生物は皆『魔物』という扱いとなり、外の世界の動物のように守られていない。
よってこのウサギを守るためには、こういう形を取るしかないだろう。
「もうやめて」
「いいから退けって言ってんだよ!」
「どうしても攻撃がしたいんだったら……私にすればいい」
そんな言葉に探索者たちは一瞬驚いたが、すぐに笑い出した。
「そうかよ。それなら遠慮なくやらしてもらおうか! 【ウィンドボルト】!」
放たれたのは、風の弾丸。
当たればその場で体勢を崩し、尻もちの一つもつかせられる魔法スキルだ。
「――――【鉄壁】」
すると千早も、静かにスキルを発動。
直後、直撃した風弾はほどけて消えた。
「効いて……ない?」
「ハッ! それなら火力を上げればいいだけだ。そうすりゃビビッて退くに決まってる! 【アクアストライク】!」
今度は重たい水の砲弾が、迫り来る。
激しい衝突音と共に、弾け散る大量の水飛沫。しかし。
「ど、どうなってんだ……!?」
それでも千早は、一歩も動かない。
さらに防水のマウンテンパーカーが、飛び散る水すら弾いて飛ばす。
「ま、魔力係数がそんなに違うのか? でも、こいつならッ!」
男は怒りに声を荒げ、その手に魔宝石を取り出した。
「おい、それはさすがに危ないだろ!」
「うるせえ! 詫びんなら今だぞ! いいんだな? いいんだなァァァ!?」
男は脅しにかかるが、千早は一歩も引かない。
直後、放たれる衝撃波。
それは重量級の魔物すら、転倒させるほどの威力を持つ。
まともにくらえば、十メートルは転がっておかしくないほどの一撃だ。しかし。
「【不動】」
「……た、たった一歩も動かないのは、さすがにおかしいだろッ!」
その表情が、驚愕に変わる。
ダメージがなくなる【鉄壁】と、その場に固定される【不動】の連携。
避けられて当たらないのではなく、当たっても効かないということは、無敵も同然だ。
唖然とする探索者たち。
そこに、異変が起きた。
「お、おいっ、あれ見ろ! グランリザードだ! グランリザードが来たぞッ!」
探索者の一人が、こちらに向かってくる大物を見て悲鳴をあげた。
人間を大きく上回る体躯と、異常な筋力。
グランリザードは一瞬で、探索者たちの目前まで距離を詰めてきた。
「「「うわああああああ――――っ!!」」」
放つ武骨な金刃の一撃が、男たちをまとめて吹き飛ばす。
一撃で痛々しい重傷を負った三人は、恐怖に震える。
するとグランリザードはすぐに、無傷の千早に狙いを変更。
重い金刃を、容赦なく叩きつけにくる。
「【鉄壁】【不動】」
千早は、あらためてスキルを発動する。
直後、大きな衝突音と共に金刃が叩きつけられた。
「……う、嘘だろっ!? この威力の物理でも効かないのかっ!?」
しかし、微動だにしない。
探索者たちの畏怖はグランリザードから、強固が過ぎる千早へと移り変わる。
「大丈夫。このくらい問題ないわ」
動けずにいるクライムバニーに向けて、千早がつぶやく。
「……今度は、私が守る番」
そして再び、振り下ろされた金刃を受け止める。
思い出すのは、数年前。
俗に言うブラック企業で働いていた時のことだ。
精神的に参っていた千早の支えとなったのは、ダンジョンに住む可愛い魔物たちの動画を見る事だった。
今背負っているのは自分を救い、新たな生活への一歩を踏み出させてくれた、魔物たちの一体。
千早はあらためて敵を見据え、続く激しい攻撃を、たった一人で受け止め続ける。
見事な防御。
しかし動けないクライムバニーを守ることが最優先のため、反撃ができない。
ここに新たな魔物が来てしまえば、戦況が崩れる可能性もある。
よって必要なのは、一刻も早い状況の打開だ。
「千早っ!」
「響介さん!」
「待ってろ! すぐに片づける!」
異変に気づいて駆けつけてきたのは、響介。
すぐさま剣を取り、攻撃を開始する。
「【ソードソニック】!」
手持ちの武器は、【リザードマンの剣】
次々に放つ斬撃で、容赦なくグランリザードを斬り刻んでいく。
「ギャアアアアアア――――ッ!!」
一方的な攻勢を前に、あがる咆哮。
「千早、注意を引いてくれ!」
「分かったわ!」
千早は悠然と歩き出し、再びグランリザードの前に立ち塞がる。
するとそれを見たグランリザードは金刃を掲げ、全力で振り下ろしてきた。
「「「っ!?」」」
噴きあがる砂煙。
それが晴れた瞬間、探索者たちが呆然とする。
そこにいたのは、なんと敵の必殺技を片手で受け止める千早の姿。
「いいぞ、最後はお前の出番だ! 来い、【トロルキングの斧】!」
駆け込んできた響介は、その手を高く掲げた。
「【チェンジ】!」
それは響介が持つ、三つ目のスキル。
普通なら『ハズレ』と評されるであろう【チェンジ】はしかし、響介にはピッタリだった。
このスキルの効果は、自身の使用武器を別の所有武器に入れ替えることができるという変わり種。
発動と同時に、【リザードマンの剣】に代わって【トロルキングの斧】が握られる。
「いくぞぉぉぉぉぉぉ――――っ! 【大木断】!」
豪快な一回転と共に放つ一撃はなんと、グランリザードの脚部を斬り飛ばした。
それだけにとどまらず、さらに空中で身体が一回転。
「「「う、おおおおおおおお――――っ!?」」」
あがる驚愕の声。
巨体を持つグランリザードが、重い音を立てて腹部から墜落した。
「か、片手で受け止めて」
「一撃で打倒……?」
「なんでこんな『格』の違うヤツらがこの階層に? 攻略組とかじゃないのか?」
レベルの違いを感じさせる、あまりに豪快な光景。
「よし。それにしても、【鉄壁】は反則だよなぁ」
響介は、笑いながら言う。
「その分、攻撃は酷いものだけど。助けに来てくれて……ありがとう」
「たぶん、後ろの子も同じように思ってるよ」
「……?」
千早が振り返ると、クライムバニーが足もとにやって来ていた。
「おいで。そのケガでは、危ないでしょう?」
そう言って手を伸ばすが、逃げない。
持ち上げても、嫌がらない。
すでに響介には、その本性を見られてしまっている千早。
「か、かわいい……っ」
うれしそうに、クライムバニーを笑顔で抱きしめる。
「良かったな」
抱きしめ続ける。
「ケガもベースにいれば、すぐに良くなるだろ」
まだ抱きしめる。
「……そ、そろそろ帰ろうよ」
一心不乱に頬を擦りつける千早の姿に、響介はさすがに苦笑いするしかないのだった。
◆
「なあ、魔法攻撃が効かなくなる上に、グランリザードの攻撃を片手で受け止められるスキルってあるか?」
特区の居酒屋で、ケガを負っている一人の男がたずねた。
「そんなのあるわけないだろ」
「単純に魔力係数を上げて盾で守るとかじゃないか? それでも結構難しいと思うけど」
店にいた探索者が応える。
「いや、いたんだよ。しかも相棒は振り払い一発でグランリザードをひっくり返してさ」
「あんなの、攻略組トップの獅条アスカでもなきゃ見られない光景だぞ」
「ここ最近イライラしてたんだけど、あの二人のすごさを見たら、五階層でイキってたのが恥ずかしくなってきたわ……」
ケガの男たちはそう言って、気まずそうに頭をかく。
「んー、でもそんなやついるか?」
「他にはどんな特徴があった?」
「防御力が異常なやつは美人で、クライムバニーを持ち帰ってた」
語られる特徴に、皆が首を傾げる。しかし。
「もう一人は金刃のドロップを祈り出して、出なかったら魔石も忘れて帰りそうになってた」
「狙いは武器……?」
「ボス級の魔石の、置き忘れ……?」
「それって、もしかして――――」
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも「いいね」と思っていただけましたら――。
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