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7.柊千早とモンスター

「今日はこれくらいにしておくか」


 ソロでダンジョンに潜っていた俺は、一つ息をつく。


「骸骨剣士は八階層の岩場に出やすいんだな、これは良い発見になったぞ」


 八階層に出てくる骸骨剣士は数が少なく、ドロップを狙うのが難しい敵だが、これで可能性が上がった。


「あいつら、意外とカッコいい剣を持ってるんだよなぁ」


 元々は銅製の綺麗な剣だったんだけど、それが古びていったみたいな感じがたまらない。

 アンティークって言葉が似合うあの剣も、いつか必ずこの手に……!

 そんなことを誓いながらの帰還。

 最短ルートを使って地上までたどりついたところで、声が聞こえてきた。


「あの人カッコいい……!」

「うん、クールな狩人って感じだね」


 探索者たちの視線は、一人の凛々しい女性に向けられている。

 頭飾りのように見えるよう編み込まれた、腰までの長い髪。

 すらりとした体型に、大きな胸。

 黒のニットに黒い細身のズボンを履いた姿は、モデルのようだ。

 腰に下げた短剣と大きめのブーツだけが、彼女が探索者であることを主張している。


「千早、偶然だな」

「そうね」


 変わらずクールな表情を見せる彼女は、柊千早。

 俺と同じ『ベース』のメンバーだ。


「今日もドロップマラソンかしら?」

「まあね。千早も、お目当て探しの帰りか?」

「そうなるわ。クライムバニーの生息地をもう少し知りたいの」


 千早の年齢は、確か六花の二つ上。

 俺よりはそこそこ年下になるんだけど、ダンジョンの推奨を守った話し方をしている。

 それは、敬語の不使用。

 ダンジョンでは、的確で早い情報の伝達が命を守る。

 そうなると『指示』や『注意』を、できるだけ早く簡素に伝える方が良い。

 そのため一度変換が必要になる敬語は、使わないことを推奨してる。

 ただ六花はあの口調に慣れ切ってしまっているから、さらに変換が必要になるくらいならそのままでということになった。


「クライムバニーって、意外とダンジョンの壁とかに巣がありそうだよな」

「なるほどね。その発想は面白いかもしれないわ」


 ダンジョンの魔物に興味があり、その研究のためにベースにいると言う彼女。

 変わらぬクールな姿に、付近の探索者の視線が向けられる中、俺たちは並んでベースへと帰還した。


「では、また後で」

「ああ」


 そう言って、自室へと向かう千早。

 なぜかその部屋には、かなりしっかりとした鍵付きのドア。

 部屋に使う扉というより、玄関に使われるような頑丈なものだ。

 まあ千早は俺と同様、もうここに『住んでる』ような状態だから分かるけど……かなり厳重だよなぁ。

 そんな重いドアを、千早が開いたその瞬間。


「っ!?」


 大きく身体を震わせた。

 見ればその足もとをすり抜ける形で出て来たのは……魔物だ!

 ダンジョンキャットは、通常の猫よりも一回り大きく耳が長い。

 長毛の大型猫で、エジプトの神様を思わせる柄の入った、めずらしい生き物だ。


「響介さん!」


 猛スピードで、こっちに駆けてくるダンジョンキャット。

 これは当然、俺が捕まえる流れだ。

 すぐに腰を落として、タックルに行くような姿勢でつかみに行くと――。


「うおっ!?」


 ダンジョンキャットは華麗なステップで俺の手をかわし、背中を踏み台にして跳躍。

 そのままベースから、出て行ってしまった。

 ……そういうことか。

 千早の部屋のドアがしっかりしてるのは、研究用の魔物を持ち込むためだったんだ。


「マズいぞ。特区内に出て行ったら、狩られる可能性が高い……!」


 一見ダンジョンには、人を襲う魔物しかいないと思われがちだが、実はそうでもない。

 クライムバニーもそうだけど、探索者などを見て逃げるような魔物もいる。

 それでも特区内を駆け回るようなことになれば、探索者たちは危険とみなして打倒を考えるだろう。


「響介さん、捕獲を手伝ってもらいたいのだけど!」

「分かった!」

「手分けして見つけましょう!」


 こうして俺たちはベースを出たところで分かれ、ダンジョンキャットを探して駆ける。

 千早は運営地帯から、居住地帯の方へ。

 俺は商業地帯の方に向かう形だ。

 とにかく広く視線を走らせつつ、商店が並ぶ区画へ。

 通りを駆け抜け、マーケットへ続く辺りまで来たところで――。


「「「うおおおおおお――っ!?」」」


 聞こえた悲鳴。

 これは急に現れたダンジョンキャットへの、驚きの声じゃないか?


「向こうだな!」


 俺は大急ぎで、声のした方へ。

 するとその先で、片手剣を持った男が大型の猫に斬りかかっていた。

 間違いない! 千早のダンジョンキャットだ!


「おい! ちょっと待ってくれ!」


 叫ぶが、その声は届かない。

 踏み込みからの剣撃を、慌ててかわすダンジョンキャット。


「【ファイアボルト】!」


 男の仲間が放った魔法攻撃を、大急ぎで回避する。

 しかしそこに迫るのは、再び剣士だ。


「くらえ! 【スラッシュ】!」


 放たれる一撃は、豪快な剣の振り降ろし。


「させるかああああああ――――っ!!」


 俺は横から飛び込み、ダンジョンキャットを抱え込む。

 そんな俺の肩を、刃がかすめていった。

 どうにか、ダンジョンキャットにケガはなし。

 地面を転がり安堵の息をつく俺。しかし。


「あっ!」


 俺が割って入るなんて思わなかったんだろう。

 仲間の放った火炎弾が、続けざまに飛来。

 真っ直ぐ、こちらに向かって飛んでくる。


「うおおおおおお――っ!!」


 俺はダンジョンキャットを抱えたまま、右手でつかんだ【ゴブリンリーダーの剣】の振り上げた。

 刃は見事に火炎弾を斬り、派手に舞い散る火の粉。

 ……どうにか、俺もダンジョンキャットも無事だ。


「騒がせて申し訳ない! 研究用に捕獲を頼まれた魔物が逃げ出したんだ。でもこれで全部つかまえることができた!」


 俺はとっさにそんな設定を作って、説明。

 まさかの大立ち回りにビビったのか、おとなしくしているダンジョンキャットを抱えて、そそくさとベースへ逃げ帰る。

 こいつはとにかく一度、千早の部屋に収めてしまおう。


「おーい」


 呼びかけてみるけど、やはりまだ帰ってきていないようだ。


「開けるぞ」


 ドアを開け、千早の部屋に踏み込む。


「……マジか」


 初めて入った部屋にはすでに、別のダンジョンキャットが一匹。

 二階層に住む、ミニブラックドッグが一匹。

 さらに三階層で見る、逃げイタチが二匹。

 そして四階層の、マジシャンフクロウが一羽。

 ベッドに寝転んだり、追いかけっこしたりと、気ままに暮らしていた。


「響介さん……!」


 捕まえてきたダンジョンキャットを放すと、そこに千早も帰還。


「商業地帯で騒動があったって聞いて、戻って来たんだけど……ダンジョンキャットを捕まえてきてくれたみたいね、ありがとう」

「あ、ああ。ていうか……研究用多くない?」


 俺がそう言うと、千早は首を振る。


「まだまだ全然足りていないわ。未知の魔物たちはまだ、あのダンジョンの中にたくさん潜んでいるんだから」


 そして真剣な目で、ハッキリとそう言った。


「ていうか、めちゃくちゃ懐かれてるな」


 イタチが肩に乗り、フクロウが頭に乗り、犬が足元で飛び跳ね、猫が様子を見に来る。

 それでも千早は変わらず、クールにダンジョンキャットの頭を撫でる。


「急に飛び出してはダメよ」

「……これ、単純に好きで飼ってるよね?」

「研究用よ」


 千早は、真面目な顔でそう言い放つ。


「いや、明らかに好みで選んだ魔物だろ」

「研究用」

「……まあ、とにかくこれで一段落だな」


 逃げ出したダンジョンキャットは、無事に回収。

 ダンジョンの生き物を特区外に持ち出すのは禁止されているから、現状ではここでしか飼えない。

 よってまだまだ、魔物を飼っている者なんて見かけないのが現状。

 わざわざ特区に住んでまで、魔物との生活をかなえるってのは筋金入りだぞ。


「そんじゃ、お疲れ様。手狭なようなら戸締りに注意して、共用部分まで出してやってもいいんじゃないか?」

「それもいいわね」

「あとその片付けらないものタワーは、早めに何とかした方がいいな」

「……これは、キャットタワーだから」


 話しの流れ的に黙ってたけど、千早って片付けられないものを一か所に『積んでいく』っていう特殊な性格らしい。

 正直、意外だった。


「この子を助けてくれて、ありがとう」

「はいよ」


 凛々しい表情のまま告げる千早に、軽く手を振ってドアを閉める。


「あ、そうだ」


 それから、数歩ほど歩いたところで思い出した。

 近々、一緒に五階層の探索に行こうって話の日程を決めておかないと。

 俺は振り返って、再び千早の部屋のドアを開く。


「千早――」

「もうチェルシーちゃん。勝手に飛び出したらダメでちゅよ?」


 そこには満面の笑みで、ダンジョンキャットを抱きしめ転がる千早の姿。


「はああああ――っ! 飛び出していったときは本当に驚いたけど、無事でよかったでちゅねぇぇぇぇ!」


 今度はその柔らかな毛並みに、頬ずりしまくり。


「……ええと」

「ッ!?」


 俺が戻ってきたことに驚いたのか、千早はそのまま転がって片づけられないものタワーに激突。

 崩れて飛び散るあれこれに、魔物たちがビックリして飛び回る。


「なんだこれ……?」


 足元に転がってきたものを、拾い上げると――。


「……下着?」

「ッ!?」


 千早は猛ダッシュで駆けてきて、俺の手から黒いブラジャーを奪い取った。


「忘れて! 全部忘れてっ!」

「……ぜ、善処する」


 普段はクールで凛々しい彼女も、これにはさすがに顔を真っ赤をしている。

 千早って、本来はこういう感じなのかぁ……。

 俺は静かに、部屋の厚いドアを閉めた。

お読みいただき、ありがとうございました!

少しでも「いいね」と思っていただけましたら――。

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