6.レッドアイの行方
「おい、あいつらまたやってるぞ」
「俺らにはどうしようもねえよ。タチ悪いことで有名だけど、腕も立つからな。あの三人」
人気のないマーケットの端を、通りかかった探索者たち。
赤い魔宝石を持つ少女を恫喝する男たちを見て、そんなことを語り出す。
「へえ、やっぱいいもんだな。これ【レッドアイ】だろ」
「こりゃ儲かったな」
誰がどんなスキルを持つか分からないという危機感から、意外と治安が悪くないダンジョン特区。
それでも、こういう輩はいるものだ。
「何をしているんですか。返してあげてください」
そんな輩たちに立ち向かったのは、六花だった。
「欲しかった物を手に入れる時のよろこびは、特別なものなんです。その瞬間を狙って力づくで奪うなんて、見逃せません」
【レッドアイ】を少女に返せと、言い放つ。
「はあ? お前には関係ねえだろ」
「昔学校に一人はいたよな。こういう正義気取りの女」
「いたいた。俺こういうヤツ大っ嫌いだったわ」
男たちはそう言って、各々武器を手に取った。
「はいはい、そこまで」
俺は小走りで、六花の隣に駆けつける。
「なんだテメエ」
「この子の仲間だよ。悪いことは言わないから、【レッドアイ】を返して下がれ」
俺がそう言うと、男たちは怒りに顔をゆがめた。
「はあ? 【ゴブリンリーダーの剣】なんかを振り回してる雑魚が、デカい口叩いてんじゃねえぞ」
「こちとら全員『魔力係数』が100に乗ろうかってとこまで来てんだぞ。お前らごときがケンカ売っていい相手じゃねえんだよ!」
『魔力係数』は、各自が持つ『魔力』の強さだ。
ダンジョン特区は、意外と全身鎧で身を固めた探索者を見かけない。
それは本人が秘めている魔力の量が、そのまま攻撃力や瞬発力、そして防御力になるからだ。
そのため、動きやすい軽装備の人も多い。
もちろん防具が無意味というわけでは、全くないけど。
俺も厚手の白パーカーに細めの黒いカーゴパンツ、そこに金属製の軽い胸当てと、レザーのベルトを付けただけ。
六花は白シャツに革の胸当て、短めのスカートにブーツを履いて、手にはグローブ。
そこに紅色のショートマントという、やはり防御性能は低い格好だ。
「返してあげてください」
「うるせえ!! 痛い目見て、泣いて謝れよ雑魚どもがぁぁぁぁ!」
自慢の魔力係数を聞かされて、それでも引かない六花に、ついに男たちが激高。
短剣を手に、一斉に襲い掛かってきた。
こうなってしまったらもう、仕方ない。
俺は強く、足を踏み込んで――。
「なっ!?」
一瞬で、男の懐に入り込んだ。
そして【ゴブリンリーダーの剣】の柄を、男の鳩尾に叩き込む。
「うぐっ!」
「そらっ!」
「ぐああああああ――――っ!!」
そのまま蹴りを入れれば、地面を派手に転がる。
「テメエ――――ッ!!」
その光景を見た二人目の男が、振り下ろす短剣。
俺は左手の払い一つで、軌道をそらしてかわす。
そして今度は、剣の柄を相手のあごに打ち込んだ。
「あがっ」
脳が揺らす一撃。
「【ゴブリンリーダーの剣】と思って舐めてかかったのが、お前たちの敗因だ」
柄の一撃を喰らった男は、そのまま倒れ伏した。
「オラ! オラオラオラァ!」
一方最後の男は、速さに自信があるのだろう。
短剣を連続で繰り出し、激しい攻勢を続けている。
しかし六花は、これを冷静にかわしていく。
「ちょこまかしやがって! 喰らえ【三連突き】!」
すると焦れた男は、怒涛の三連攻撃を繰り出してきた。
「――――【速い後ろ歩き】!」
うわっ! マジかよ!?
なんと六花は、敵の踏み出しに合わせた速い後退で、刺突を全て回避した。
そして右手を突き出すと、魔法スキルを発動する。
「【ウィンドストライク】!」
「うおおおおおお――――っ!?」
最後の一歩で距離を離し、放つ風の砲弾で剣の男を吹き飛ばす。
わずか十秒ほどでの決着。
まさかの事態に、驚愕する男たち。
「チッ!」
【レッドアイ】を放り出すと、仲間と共に逃げ去っていく。
「あ、あの三人を瞬殺って、強過ぎだろ……」
「もしかして、攻略組か?」
「でも良かった。これであいつらも大人しくなるだろう」
その光景を見て、よろこぶ探索者たち。
どうやら、悪名高いやつらだったみたいだ。
正直、誰なのか全然知らないけど。
「響介さん、ありがとうございました」
「いや危なかったよ。まさかの高速後ろ歩きには、うっかり噴き出しちゃうところだった」
まあ、魔力係数だけで言えば、六花は前に聞いた時点で『456』
相手よりかなり上だから、それだけ余裕だったってことなんだろうけど。
「それにしても響介さん、本当に鋭い動きをしていましたね。今『魔力係数』いくつでしたか?」
「前に計った時は『878』かな」
「また少し差がついてます……っ。【大器晩成】の成長速度って、本当に驚異的ですね……」
二年前に目覚めた【ソードアビリティ】と、同時に覚えたスキルがこの【大器晩成】
その効果は、『目覚め』の遅さがそのまま成長の速度と規模につながるというものだった。
そのせいかこの二年で、冗談みたいに魔力係数が上がっている。
ただ。どれだけ魔力係数が高くても、スキルの『強制力』にはかなわない。
いくら魔力係数の高いヤツでも、発動した【瞬間移動】を気合で弾くなんてことはできないってわけだ。
他にも、スキルでダンジョンの天井を崩して押し潰すなんていう戦い方もある。
だから、人を数値だけでは測れないのもまた事実なんだよな。
六花は、男たちが残していった【レッドアイ】をひろう。そして。
「……いない」
少女が、いなくなっていることに気づいた。
「どうする?」
目の前で始まってしまった戦いが怖くて、逃げてしまったってことも十分にありえる。
そうなると、探し出すのはなかなか大変だ。
そして特区では、拾得物の取得自体は犯罪とはならない。
ダンジョンに落ちていた武器が故人のものか、放置されたドロップなのかも分からないからだ。
よって【レッドアイ】を、このまま持ち帰ることもできる。
「探しましょう! きっとまだ近くにいるはずです!」
それでも六花は、そう言って走り出した。
「苦労して欲しいものを手に入れた喜びが、こういう形で悲しいものになってしまうのは嫌です……っ!」
マーケットの外側から、商店の方へ。
そのまま帰ってしまうのなら、そこを捕まえられるように。
外縁を走って少女を探しながら、同時にマーケットの内側にも視線を向ける。
それらしい子を見つけては確認して進み、やがて通常の店舗が並ぶ区画に入ったところで――。
「あっ!」
そこに、肩を落として歩く少女の姿を発見。
「よかった……っ! 待ってください!」
六花はそう言って、少女を呼び止めた。
「これ、あなたのですよね」
そして、取り返したばかりの【レッドアイ】を差し出した。
「っ!」
驚きに、唖然とする少女。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
そう言って六花は、手持ちのクロスを取り出した。
「こんな雑に扱って……宝石なんですから、大事にしないと」
放り出された際についた砂やほこりを、クロスで丁寧に拭く。
「「……」」
念入りに拭く。
「「……」」
執拗なまでに拭く。
「削れてなくなるぞ」
「はっ!?」
我慢できずに指摘すると、我に返った六花は恥ずかしそうに【レッドアイ】を差し出した。
「あ……ありがとうございますっ!」
安心したのか、受け取った少女は泣きそうな顔で頭を下げた。
「私、工房で働いていて、作品作りにどうしても必要だったんです!」
「それは良かったです」
「何か、お礼ができればいいんですけど……」
「いいですよ、そんなの」
「でも何か、何かできれば……っ」
少女には、とても大切なことなんだろう。
必死に何かをできないかと考えている。
「そういうことなら……秘めてる魔法を分けてもらうのはどうだ?」
見れば【レッドアイ】は、その中に光をたたえている。
これは『魔法が封じられている』ということだ。
俺がそのことを説明すると、少女は「ぜひ」とうなずいた。
「いきます……【ラーニング】」
六花はしっかりと磨いた魔宝石を手の平に乗せて、スキルを発動。
すると輝きが、その身に宿った。
俺は少女に聞いてみる。
「ちなみに、内包してるのは何の魔法なの?」
「【汚れがよく落ちる魔法】みたいです」
「すごく生活に密着してる……!」
でも今回は、使い道がハッキリしてていいかもな。
洗いもの賢者になれそうだ。
「取り返すことができて、よかったです」
【ラーニング】を終え、【レッドアイ】を少女に返した六花は、うれしそうに笑う。
これにて事件も、一段落だ。
「ありがとうございました。私にとってお二人は……英雄です」
「大したことじゃないよ」
俺はそう言って『気にしなくていい』と、暗に伝える。
一方、六花は――。
「……あ、ありがとうございます」
ここでも、褒められるのに弱いという弱点をさらけ出していた。
うれしそうなのは、めちゃくちゃうれしそうなんだけどなぁ。
俺はそんな六花を見て、笑いが止まらなかった。
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