5.鳴海六花と魔宝石
「素晴らしい……!」
ベースの部屋で、俺は昨日手に入れたばかりの『金柄』【ゴブリンリーダーの剣】を掲げる。
【トロルキングの魔石】を換金してきてくれた二人に謝礼を払い、六花の取り分を渡してもなお余裕あり。
無事に、金柄モデルをゲットすることができた。
「……ふっ」
俺は構えを取ると、迫る魔物(空想)を斬る! 斬る! 斬るっ!
雑魚どもを片付けたら、最後は大物だ。
石剣を振り下ろすミノタウロスの懐に入り込み、一突き。
これで勝負ありだ!
「【ゴブリンリーダーの剣】と思って舐めてかかったのが、お前たちの敗因だ」
剣を払い、そのまま腰元のベルトに納めると、魔物たちが崩れ落ちる。
そしてゆっくり振り返ると、そこには部屋をのぞいている六花の姿。
「ほわああああ――っ!?」
思わず悲鳴をあげる。
どうやらの俺のエア戦闘は、思いっきり六花に見られていたらしい。
「くすくす」
「ヤダもう、恥ずかしい!」
一日で二本の武器を手に入れるという奇跡を起こしたことで、すっかり浮かれてた!
もう三十歳になる男が、部屋でニヤニヤしながら刃物を振り回してるのなんて、最悪の光景だろう。
恥ずかしさに、つい声も大きくなる。
「ふふっ、気持ちは分かりますよ」
そう言って、ほほ笑む六花。
「でも俺がやると奇行なんだよ。六花が魔宝石にうっとりは、可愛いから許されるけど」
「……あ、ありがとうございます」
六花は、俺より顔を赤くしながら笑う。
この『うれしい』と『恥ずかしい』の混ざった照れ笑いが、すごく可愛らしい。
まだ二十歳ほどの彼女との出会いは、何を隠そう二年前。
俺がスキルに目覚めたあの時、三階層でリザードマンに襲われていた少女が鳴海六花だった。
そのあと律儀に俺を探してまで、お礼を言いに来てくれたんだ。
そこで六花も魔宝石コレクターだという事を知り、今はこうして『ベース』で一緒に活動している。
「ていうか、どうした? 何か用でもあった?」
「は、はい。今からマーケットに行こうと思うんですけど、良かったら一緒に行きませんか?」
「なるほど、それなら今日はマーケット調査の日にするか」
『ベース』の面々と何かをする時以外は、ドロップマラソンかマーケット調査が基本だ。
狙いの魔物がいれば、打倒し続けてドロップを狙う。
欲しいけどすでに手に入らない武器などを狙うなら、マーケット。
この二つは、コレクターの日課として大事なものだ。
もちろん愛すべき武器のためだし、どっちも全く苦ではない。
「それじゃあ行こうか」
もちろん、『金柄』【ゴブリンリーダーの剣】は持っていく。
「分かります。持ち歩いちゃいますよね」
【トロルキングの斧】だと少し大きいから、マーケットでは邪魔になるだろうし。
あと昨夜一人で振り回し過ぎて、ちょっと筋肉痛なんだよな。
「【ゴブリンリーダーの剣】、気に入ってますね」
「もちろん! 柄の部分だけが金っていう程よい装飾感がいいんだよなぁしかも飾りというより柄に金脈が紛れてるような感じで特別さがいやらしくないんだよ!」
無意味に剣をベルトに収めたり出したりを繰り返す俺を見て、六花が「ふふっ」と笑う。
「おっと、つい早口語りが発動してしまったか」
「そうですね」
「六花ちゃん」
「はい」
「もう一回聞いて」
「ええっ!?」
何度でも説明したい。
それが、武器の魅力だ。
「そういえば六花は、手に入れた魔宝石どうしたの?」
笑いながら進む、マーケットへの道。
六花の動向を聞いていみる。
「実は私も、今日は持ち歩いているんですよ」
「では……魔宝石の魅力とは?」
「その美しさはもちろんですが色数も無数にあり加工品や工芸品にしても他の追随を許さないため無限の可能性を持っているのに魔封という特性によってダンジョン攻略にも一役買っているという点ですね!」
「六花も結構、早口で言うよね」
「お恥ずかしい限りです」
そう言ってまた、相貌を崩す。
ダンジョンやドロップで取れる魔宝石には、『魔法』が込められていることもある。
使えば壊れてしまうが、誰にでも発動できるため、攻略の切り札的アイテムとしても人気になっている。
さらに職人が加工すれば、美しい芸術品のできあがり。
ダンジョンを代表する、特産品の一つと言えるだろう。
そして六花は、そんな魔宝石に関わる反則的なスキルを持っている。
「そうだ、まだなら【ラーニング】見せてよ」
「はい、いいですよ」
頼むと六花は足を止め、魔宝石を右手に乗せる。
それから、静かに一つ息を吸った。
「【ラーニング】」
スキルを発動すると魔宝石が輝き、その光が六花の身体を包んで落ち着いた。
本来、封じられている魔法を発動すると、魔宝石は砕けてしまう。
でも六花の【ラーニング】は、その魔法を開放せずに『自分のもの』にできる。
もちろん、魔宝石に封じられた魔法はそのままという反則ぶりだ。
「いきます……【速い後ろ歩き】!」
得たばかりの魔法を発動すると、六花は通常の三倍以上の速度で後ずさっていく。
「あははははっ! 何だよその魔法っ!」
「ふふっ、これはおかしいですね。また使いどころのなさそうな魔法が増えてしまいました」
そう言って、楽しそうにする。
すでにいくつかの戦闘魔法と、多くの変な魔法を持つ六花。
いつか『しょうもない賢者』なんて、呼ばれるようになるんだろうか。
「それにしても【ラーニング】はいいスキルだよなぁ。魔宝石コレクターにうってつけだもんな」
「はいっ」
「そもそも魔宝石の綺麗な感じが、六花によく似合ってるし」
「あっ、ありがとうございます……っ」
顔を隠すように下を向く六花。
やっぱり、褒められるのに弱い。
うれしさでニマニマが止まらなくて、それを見られないように顔を隠す感じ。
普段は「ダメですよ」と言って年上の俺をたしなめる、しっかり者の妹みたいな感じなんだけどね。
「マーケット、楽しいですよねぇ」
視線を外に向けていた六花が、不意につぶやいた。
「トレードやオークションなんかもあって、見たこともない商品が次々に出てくる。そしてそれを見つけられるかは運次第。手に入れられるかは交渉次第」
「時には偽物が出てきたりして、侮れない一面も良い刺激だよな」
「そこが楽しいんですよね。私、こうやって響介さんと一緒にマーケットを歩くの、大好きなんですよ」
賑わうマーケットを見ながら、六花は目を輝かせる。
「そしていつかもう一度……【夢見る宝石】を、この目で見てみたい」
それは『モンスターフラッド』の日に、特区の危機を救った奇跡の魔宝石。
球形のダイヤのようなその宝石は、あふれた魔物の群れの中からドロップした。
そこに封じられていた魔法は一撃で群れを半壊に追い込み、それによって形勢が逆転。
当時の探索者側を勝利に導き、特区を救った。
だけど誰もが見惚れる美しさを誇ったその魔宝石も、『発動』したことで砕けて消えた。
そんな儚さもあって、『誰もがその輝きを夢に見る』という意味で名づけられた一品だ。
「見たか? あれ『魔封』の【レッドアイ】だったよな」
「っ!?」
通りがかりの二人組の言葉に、六花が身体をビクリと震わせた。
「台に絨毯しいてる露店だろ? 綺麗だったよなぁ」
「響介さんっ!」
駆け出す六花を追って、俺もマーケットを駆ける。
すると二人組が話していた、絨毯敷きの露店を発見。
一直線に、【レッドアイ】のもとに駆けつける。
「あ、あのっ! 【レッドアイ】を売っているって本当ですか?」
「ああ、それならさっき売れたばっかりだよ」
「っ!!」
一足違いという事実に、思わず足をフラつかせる六花。
めちゃくちゃ気持ち分かる……!
コレクターは、一期一会が当たり前。
逃したショックは、足に来る。
「……レッドアイは、私もまだ持っていない色番なんです」
その中でも、特に綺麗な赤色を誇る魔宝石。
六花にとっては、たまらない一品だろう。
「悔しいよなぁ」
せめて何か、飲み物の一つでも奢ってあげよう。
そう考えた俺は六花を連れて、マーケットの外縁に出る。すると。
人気のない裏道の方から、聞こえてくる声。
そこに見えたのは、赤い魔宝石を持った少女と、その周りを取り囲むガラの悪い男たち。
「嫌、嫌です……っ!」
首を振る少女に、しかし男たちは容赦なし。
「うるせえ! いいからさっさとその魔宝石を寄こせ!」
そう言って男は、短剣をチラつかせながら少女を脅迫。
「きゃあっ」
そのまま突き飛ばして、無理やり魔宝石を奪い取った。
「こんなの、放っておけねえよな……!? って、あれ?」
俺はたずねるが、六花はすでに少女たちのもとに歩き出していた。
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