4.マーケット
「よし、そろそろ行くか」
「そうしましょう」
一休みして、気分も少し落ち着いた。
俺は手に入れたばかりの【トロルキングの斧】を担いで、スキップでベースを出る。
六花と一緒に向かう先は、商業地帯だ。
ダンジョン前に並ぶ商店は、様々な装備品などを売買している。
基本となるのはシンプルな剣や槍などで、初級の探索者はここで武器を買うのが基本だ。
またダンジョン産のアイテムをまとめて買い取って、それを販売していたりもする。
特区の基礎を固める場所と言えるだろう。
ただ商店は、慣れた冒険者ほど足が遠のく場所でもある。
なぜなら特区の最前列には、露店を広げて自ら売買を行う探索者や、『商人』と呼ばれる売買専門の人間が大勢集まって、大きな『マーケット』を生み出しているからだ。
ここには、お宝もたくさんある。
「やっぱマーケットは、ワクワクしちゃうよなぁ」
「本当ですね」
聞こえてくる呼び込み、行きかう多くの人々。
見たことのないドロップもたくさん。
ついつい足取りが軽くなる。
「おっ、あれはゴブリンリーダーの三階層モデルか。三階層に出た時は少し剣が長いんだよな」
実は魔物たちにも、色々と変化が起きている。
ダンジョン内の出現場所に変化があったりして、その際には若干様相が変わっていたりする。
だから変化次第によって、今じゃもう手に入らないドロップなんかもある。
そういうのはもう、買うか譲ってもらうしかないわけだ。さらに。
「おっ、片刃版はレアだな!」
実は同じ剣でも、バージョンが少し違う時がある。
それはダンジョンの『生成ミス』なのか、少しおかしな個体が生まれた際に起きる。
この辺を気にしている探索者なんて、ほとんどいない。
ただ『バージョン違い』は、俺にとっては垂涎の逸品だ。
例えば何かを集めるゲームで『色違い』なんて要素を出されたら、それを特別視してしまうのは人間のサガだろう。
「まあ変則版【ゴブリンリーダーの剣】は、どっちも持ってるんだけど」
思わず笑みがこぼれる。
ゴブリンリーダーの武器は、手軽に振るえる短剣って感じで、つい集めちゃうんだよな。
これといって特別なスキルを持たない同じ武器が、多少違っているだけ。
「こんなの、普通の探索者には興味のない話だよなぁ」
「本当ですね」
そんなことを話しながら、向かうのは――。
「あっ、いたいた」
マーケットの一角に立つ、一人の少女。
十八歳くらいの小柄な彼女は、いつもこの場所にいる。
ブカブカのフライトジャケットに、ショート丈のカーゴパンツ。
ムチッとした肉付きの良い脚には、革製のブーツ。
そして栗毛のショートカットにかぶった、ゴーグル付きのヘルメット。
「響介さんっ! 六花さん、こんにちはーっ!」
飼い犬を思わせる愛嬌たっぷりの笑顔で迎えてくれたのは、『鑑定ちゃん』
彼女は精度の高い【鑑定】スキルを持ち、特徴的な格好と可愛らしい容姿から、鑑定ちゃんで通っている。
「【鑑定】してもらいに来たよ。今日はこの斧をお願いしたいんだけど」
「おまかせくださいっ!」
トロルキングが落とした武器だし、使用スキルは【大木断】で間違いないだろう。
ただ稀に、装備自体が状態異常効果なんかを起こすものもある。
そのため新しい物を手に入れたら、まずは鑑定師に見てもらうのが、この世界の基本だ。
ちなみに武器を得てから実際に使うまでの待ち時間は、結構好きだったりする。
親に買ってもらったゲームを手に、家に帰ってる時のようなワクワク感があるから。
「これは【トロルキングの斧】ですね。状態異常などのマイナス要素はありません。トロルキングはこの斧を使って【大木断】を放つようです」
「ありがとう。こいつは即レギュラー間違いなしだな」
俺は鑑定料を支払って、満足の息をつく。
スキル持ちの大柄な武器の獲得、今日は最良の日だ!
「次は私の魔法石、お願いします」
「本当にちょっと小さくなってるじゃん」
「もう、そんなに磨いてないですよ」
無類の魔宝石コレクターである六花は、笑みをこぼしながら言う。
「鑑定、お願いします」
「はいっ! おまかせあれっ!」
鑑定ちゃんはさっそく、スキルを発動。
『魔宝石』には、二種類ある。
一つは『通常品』と呼ばれるもので、これまでの宝石になかった色味や輝きを持つことで大人気。
単純にアクセサリーとしても高価で、好んで集めている人が多い。
そしてもう一つは『魔封』と呼ばれる、魔法を内包したものだ。
これは所持者が発動すると、封じられていた魔法が解放されるというもの。
今回の魔宝石はかすかに光ってるから、『魔封』の方なんだろう。
その中身を聞くために、鑑定を頼みに来た形だ。
「こちらは『魔封』ですね! 内包されているのは【後ろ歩きが速くなる】魔法ですっ!」
「あははっ、変な魔法ですね」
鑑定料を払って、笑う六花。
今回もまた変な魔法だったけど、六花はもうそれを楽しみにしている感じだ。
「以上ですね! どちらも良い商品だし、売買やオークションで売ったら儲かりますよっ!」
「「持って帰ります」」
「ですよねーっ!」
俺たちが毎回売らずに持ち帰ることを覚えている鑑定ちゃんは、そう言って笑った。
「そうそう! 【ゴブリンリーダーの剣】のバージョン違いを、露店で見かけましたよ!」
「鑑定ちゃん、『ゴブ剣』はもうそろってるよ」
俺は余裕の態度で、応える。
基本形、3階層モデル、片刃版と、ベースの壁にしっかりと並べてある。
「柄の部分に、金の装飾が付いているそうです」
「……え?」
「ダンジョンのエラーじゃないかと思いますよ」
「な、なんだよそれ初めて聞くぞ!? ていうか、『光らせたら』それはもう戦争だろうが!」
トレーディングカードで言えば『キラ』
そんな一品もの、コレクターとして絶対に逃せねえぞっ!
「でも、今月はベースの維持費を払ったばっかりだし、【ダンジョン・エクスプローラー】限定版も申し込んだばかり……ヤバいぞ、金がない!」
柄に金の意匠がある剣なんて、他のやつらも放っておかないだろう。
これは、本当にマズいぞ……!
「借金……か?」
「……ダメですよ」
たしなめるように言う六花。
「気持ちは分かるけど……」感が、すごく顔に出てる。
「でも響介さん、もう【ゴブリンリーダーの剣】を持ってるんですよねっ? それなら前のものを売ったりして――」
「それじゃダメなんだって!」
鑑定ちゃんの言葉にブンブン首を振って、俺は頭を抱える。
一番いい物だけが欲しいんじゃない、悪い物も含めて揃ってることが大事なんだ。
何だったら半壊モデルとかでも、俺には『その壊れ具合』が愛おしくしか見えないだろう。
「いや、マジでこれどうしよう! このままじゃ、誰かに買われちまう……っ!」
「あのー」
「……ん?」
俺が憔悴していると、突然背後から声を掛けられた。
「これ、換金してきたんだけど」
「えっと……なんの話?」
「「えっ……?」」
俺の言葉に、青年二人は驚愕の表情を見せた。
すると六花が、思い出したように声を上げる。
「お二人は確か、トロルキングのところでお会いした――」
「ああーっ! そうか! そういうことか!」
六花の言葉で思い出す。
そうだ! トロルキングを倒した時に現場にいた二人だ!
「これ、【トロルキングの魔石】の報酬」
差し出された、紙幣の束。
こ、これなら金の柄を持つっていう、【ゴブリンリーダーの剣】も買えるだろ!
俺は歓喜に拳を突き上げて、最高のタイミングでやってきてくれた青年に抱き着いた。
「ありがとう――っ!!」
「「…………?」」
二人はあんぐりと口を開けたまま、首を傾げまくっている。
いや、こんなことをしてる場合じゃない! 一秒も早く【金柄モデル】を回収しなくては!
「分け前は後で出すから、一緒に来て欲しい!」
そう言って、二人組と六花を連れて走り出す俺。
一直線に、【金柄モデル】を売るという露店へ駆け込む。
「柄が金になってる【ゴブリンリーダーの剣】を!」
「これですね、どうぞ」
俺は代金を払って、確かに柄が金の【ゴブリンリーダーの剣】を手に取った。そして。
「【金柄モデル】……ゲットォォォォォォォォ――――ッ!!」
歓喜のままに、高く掲げる。
これが攻略者でも商人でもない、コレクターである俺の――――日常だ。
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