31.特区のシンボル
ベースの共用部分を通り、ドアから一歩外に出れば、そこには隣の倉庫との間に広い隙間がある。
倉庫ばかりが並ぶこの区域は、人通りも少なく日中も割と静かだ。
「うわあ、すごいなこれ」
「っ!?」
敷かれたシートの上に並んだ骨を見て、思わず感嘆の声をあげる。
肩をビクリと震わせたのは、長いフワフワの白髪に緑の目をした美少女。
誰からも可愛いと言われる六花や千早が、「うらやましい」というほどの白い肌。
しかしその雰囲気は自信のないエルフ……いや、ビビリの引きこもりエルフと言った方が的確かもしれない。
声をかけたのが俺だと気づいて、安堵の息をつくルル・エル・クラフト。
「やっと形になってきた……【結合】」
【結合】は、問答無用でレッドドラゴンを打倒した【分解】の、対になるようなスキルだ。
様々な物を、素材関係なく接着することができる。
しっかりと磨かれて、コーティングされた骨格を、ここからは組み立てていく作業になるんだろう。
組み立てはまず、細かい部品のような骨を、腕や脚といったパーツごとに【結合】で固めていく。
その後に全体を組み立てるって考えると、ロボットのプラモデルみたいだ。
「お、おおっ……おおおおおおお――っ!」
「ん?」
「っ!?」
突然聞こえた声に再びビクリとしたルルが、耳付きフードをかぶって俺の背後に隠れる。
「これだ! これだよぉぉぉぉ――――っ!!」
声を上げたのは、陸さんと同じくらいの年齢だろうか。
オフィスカジュアル感のある格好をした、メガネの男だった。
「あなたは?」
「私はダンジョン管理団体、通称ギルドの職員をしております切戸と申します」
「ギルドの職員? そんな人が一体ここで何を?」
「私は広報の仕事をしておりまして、実はずっと特区のシンボルになるようなものを探していたんです。ここは特殊な環境ゆえに、様々な形で外部への発信が行われています。しかし少しずつ歴史を重ねてきたこの特区にはまだ、これというランドマークがないのです」
「なるほど、確かに」
特区の光景は独特だと思うけど、言われてみれば象徴になるようなものはないな。
武器なんかを売る店は特別だけど、それが特区のシンボルかというと違うだろうし。
逆にダンジョン自体は大きすぎて、少し大味な感じだ。
「そこで見つけたのが、このモンスターの骨格。このアイデアはありませんでした! 目を引くほどに大きく、本来この世界にいなかった新たな生物、モンスターたちの象徴であるドラゴン。モチーフの選択が素晴らしいです! 探索といえば、常に未知の魔物との戦い。これ以上に適任な作品はないでしょう!」
職員はすっかり興奮気味で、魔宝石の話をしている時の六花のような勢いで語る。
「そこでなのですが……このドラゴンの骨格、完成のあかつきにはぜひ展示をさせてもらえないでしょうか?」
「展示?」
「はい! 特区の中心地であるギルド前に、ドーンと飾らせて欲しいのです!」
「だって」
俺の後ろに隠れるような形で聞いていた、ルル。
職員の勢いと突然の話に、まだ目を白黒させている。
「あのー、少し考えさせてもらってもいですか?」
「もちろんです! 何かあったらすぐにご連絡ください! 飛んで来ますので!」
俺がそう言うと、職員の男は興奮のまま名刺を押し付け帰って行った。
「すごいな。このレッドドラゴンの骨格が、特区のシンボルとして飾られるのか」
まさかの展開に、振り返ってルルを讃える。
「…………」
しかしルルは、複雑そうな表情をしていた。
「どうした?」
「でも、大勢に見られるって考えると……評判悪いかもしれない」
自信なさそうに、つぶやく。
確かに、何かを発表するってことは反応があるってことだ。
それは怖いものなんだろう。
でもルルの作るものにはどれも、目を引く良さがある。
あれだけこだわりのある六花が、魔宝石の加工を頼むくらいだし、それは間違いない。
現に俺も、レッドドラゴンの骨格を作ると聞いた時はワクワクした。
ここに並ぶ骨たちを見て、完成が待ち遠しいと思ったほどだ。
「あんまり……自信ない」
「でもさ、今後は色を付けるような加工もしていくんだろ?」
ルルは、うなずく。
「魔宝石の加工品とか、ダンジョン素材を使った作品を集めて、いつかは作品展示をやるんだろ?」
「…………」
ここに来て、さらに自信がなくなってきてるみたいだ。
ルルは、小さくうなずくにとどめた。
今後の目標を考えれば、多くの人に見られる瞬間は必ずやって来る。
俺は正直、ルルの部屋にあるたくさんの加工品だけでも、展示すれば人気になると思う。
人生のほとんどの時間を、作品作りに捧げてきたルルにはそれだけの力がある。
だからこれは、大きなチャンスだと思う……とはいえ。
「急ぎではないだろうから、決めたら教えてくれよ。直接伝えに行くのが嫌なら、俺が間に入ってもいいからさ」
作ったものをひっそり飾るアトリエなんかをやるくらいの活動だって、十分に楽しい。
そんな感じでゆっくりやりたいのなら、大々的にというのは違うのかもしれない。
だから俺は、連絡役くらいはやると言っておくにとどめた。
「……わかった」
ルルはうなずいて、また細部の【結合】作業に戻る。
完成図を見ながら行う、細かい角度などの調整。
その作業は、夜遅くまで続けられた。
場所は倉庫の外から、共用スペースへ。
脚立を持ち出しての組み立てなどにも、ルルは無言で向き合い続ける。
数センチ、数ミリの調整にも、一切気を抜かない。
明かりを灯して黙々とがんばっている姿を、俺はソファから眺めていた。
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