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30.運命の試食会

「いよいよか……」


 かつて陸さんの店を廃業に追い込んだ、飲食界の大物経営者。

 目ざとくダンジョン料理に目をつけて、今度は特区へと踏み込んできた。

 陸さんは今、前回と同じ場所を借りて黙々と料理を続けている。

 今日はいよいよ、かつての敵との勝負の日だ。


「おや、まさか本当に来ていただけるとは。うれしいですよ五十嵐さん」


 するとそこにやって来たのは、ダンジョン料理の試食会を開く予定の男たち。

 そう、試食会の会場は陸さんの限定店舗のすぐ近くだ。


「ところで、何をしているんですか?」

「僕も今日、ここで限定のレストランを開くんですよ」


 陸さんがそう言うと、大物経営者たちは驚きの表情で互いを見合う。そして。


「「「アッハッハッハ!!」」」


 盛大に笑い出した。


「そうですか! それは身の程知らず……いえ、面白いですね!」


 馬鹿にするような笑みを浮かべたまま、猿のように手を叩く男たち。


「それなら今日は――――勝負になるんですねぇ」

「そうなりますね」


 静かにうなずく陸さん。

 こうして、リベンジマッチの様相となった試食会。

 大物経営者たちはすでに試食会用の料理を始めていたようで、開店準備もできているようだ。


「あれ……五十嵐さんも今日店出すの?」


 するとそこにやって来たのは、いつもの配信探索者。

 どうやら大物経営者の試食会情報を知り、駆けつけてきたようだ。

 さらに、ここ最近陸さんが名声を上げてきたダンジョン料理に、興味を持った者たちも大勢集まってきた。

 知られ始めたダンジョン料理。

 この客入りはまさに、ヤツらの狙い通りだろう。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。この度のダンジョン料理の試食会は、こちらの五十嵐さんと合同……いえ、対決形式でございます!」

「「「「おおおおおおーっ!」」」」


 わき立つ会場。

 挑発的な笑みを見せる、大物経営者。

 テーブルなどをあえて路面に置き、見やすくしたところで、料理を次々に運んでくる。


「俺たちも」

「そうだね」


 俺も陸さんと一緒に、料理を運ぶ。


「おや、たったそれだけでいいんですか?」


 笑う大物経営者たちは、大盛りの料理を並べて色味も鮮やか。

 見るからに豪華だ。

 対してこっちは、シンプルな料理が二つだけ。


「それでは私たちの方から行きましょう。一品目は一角ウサギの香草焼きです。イエローキャロットと一緒にどうぞ」

「飾り付けが綺麗だなぁ。香りもいいし……お、なかなかいいぞ」


 早くも、良い感想が聞こえてくる。


「二品目は始原鳥とレッドハーブの串焼きです。こちらはタレでお召し上がりください」


 焼き目が食欲をそそる串焼きは、大きめのバーベキューといった印象。


「これは食べがいがあるな。レッドハーブのピリッとした味が、タレと絡んで甘辛なのがいい」

「そして最後は、ダンジョンコーンのスープです」

「淡い緑のポタージュ、これも綺麗でいいわね」

「へえ、これも濃厚でいいなぁ……まさかスープが飲めるなんて」


 聞こえた声は、どれも肯定的なもの。

 大物経営者は得意げな、いやらしい笑みを浮かべてこっちを見た。


「では、次は五十嵐さんの番ですよ」

「……まずはローストビーフから、食べてみてください」


 陸さんそう言うと、客が一斉に口に運ぶ。


「来た! 新鮮な肉の、濃いめだけど嫌味のない味!」

「この人の肉料理は毎回、歯ごたえが最高なんだ……!」

「専用ソースがまた、程良いんだよなぁ……」


 こちらも負けじと好評。

 もはや陸さんのミノタウロス料理は、人気メニューと言っていいだろう。


「続いて、バジリスクの唐揚げをどうぞ」


 陸さんの料理は付け合わせ等もあまりなく、シンプルだ。

 その点では間違いなく、大物経営者たちのものより質素な雰囲気がある。


「唐揚げかぁ……どうかな」

「まあ唐揚げは、間違いないでしょ」


 やはり食べ慣れている上に、すでに上限も分かっている感じのある料理。

 やや期待薄の雰囲気が広がる中、一口目。


「「「っ!?」」」


 その表情が、一斉に驚きに変わった。


「マジか……サクッときた後に、こんなに肉汁があふれること、本当にあるのか」

「程よい油と、豊潤な鶏肉の風味が混ざって鼻に抜けていく感じ……最高だな!」

「米が、米が食べたい……! いや、ビールでもいいな!」


 こちらも評判は上々。

 しかしそれでも、大物経営者たちは余裕の表情だ。

 やはり、豪華さと見た目の綺麗さでは分が悪い。

 その点は、間違いない。

 後はそこを、食べた人たちがどうとるか。

 全ては、それ次第だ。


「さあ、いかがですか?」


 大物経営者は勝利を確信したかのような表情で、あえて生放送中の配信者に問いかける。

 するといつもの配信者は、フォークを置いて一言。


「――――五十嵐さんの料理の方が、圧倒的にうまい」


 ハッキリと、そう言い放った。


「なんだと……!?」

「こっちは食材の味そのものが『それなり』だし、新鮮さもない。正直これだと魔物を使う意味がない」


 配信探索者がそう言うと、近くにいた客も続く。


「それを隠すためなのか調味料を利かせすぎてるし、これは単純に五十嵐さんの劣化版だよ」

「悪くはない。でもこのレベルなら他の店で、普通の食材の料理を食べればいい」

「……そんなバカな!」


 厳しい言葉に、愕然とする大物経営者。

 そう、まさにその通り。

 鳥型の魔物は浅い層階にもいるし、食べられる個体もいるんだろう。

 でも、ただダンジョンの魔物を使ってさえいればいいってわけじゃない。


「ほら」


 配信者が陸さんの唐揚げを差し出すと、大物経営者は困惑したまま口に入れる。


「ッ!!」


 そして、衝撃に目を見開いた。


「豚、鶏、牛っていう、安く美味しい食材で、良いものがどこでも食べられるんだから、物めずらしさなんて大した意味はないんだ」


 陸さんは、つぶやくようにそう言った。


「そんなんじゃ、特区での楽しい食事の時間を、本当に良いものにはできない」

「ぐっ……!」


 考えてみれば、陸さんはミノタウロスが初めて出したダンジョン料理なんだよな。

 それは通常の牛肉とは違う美味しさを提供できると、確信したから。

 厳選を続けてきた陸さんは、こだわりが別次元だ。

 悔しそうに、辺りを見回す大物経営者。

 しかし探索者たちはすっかり、陸さんの新たなメニューにハマってしまっている。

 もう、大物経営者の料理に興味などない。

 完全に、勝負ありだ。


「……チッ。今日のところはあくまで試食会だ。このくらいでいい。帰るぞ!」

「「「は、はいっ」」」


 そう言って大物経営者は、部下たちを引きつれ会場を去っていく。

 会場には今も、楽しそうに語り合いながら食事を楽しむ探索者たち。

 その光景を眺めながら、つぶやく。


「……何度見てもいい。こうやって皆でうまい物を食べる。最高に楽しい瞬間だよ」


 その目にはもう、自分を貶めた者たちの姿は映っていない。


「僕は料理以外にできることのない人間だけど……響介くんと出会えたことは、最大のお手柄かもしれない。だから今度こそ、ここで店を始めたい。たくさんの人が笑ってくれる店を」


 そう言って陸さんは、振り返る。


「その時は、最初のお客さんになってくれるかい?」

「もちろん」


 あらためて客席を見る陸さんは、子供みたいな笑みを浮かべていた。

 この日、配信を見ていた視聴者たちの間では「五十嵐さんの料理が食べてみたい」という言葉が続出。

 その目標にきっと、また大きく近づいた。

お読みいただき、ありがとうございました!

少しでも「いいね」と思っていただけましたら――。

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