27.七階層の奇跡
「大丈夫……!?」
千早は、倒れたユキヒョウのもとに駆け寄る。
そのまま座り込み、容体を確認。
「……呼吸が弱い」
これだけ近づいて、触れてもなお攻撃性を示さないというのは、それだけ弱っているという事だ。
連れ帰ってどうにかと言うレベルはすでに、超えてしまっているだろう。
状況は絶望的。
そんな中、千早がその手に取り出したのは、青色の液体だった。
「それ、【ポーション】か!」
なかなか見ないその薬品は、深い階層にある薬草を使って作られる希少アイテム。
しかもこの青みの深さは、その中でも強い効果を持つ良品のはず。
当然、かなりの高級品だ。
千早はユキヒョウに刺さった矢を抜き、薬瓶のフタを開く。
そしてそのまま口を開き、飲み込ませた。
傷口に掛けても効果を発揮する【ポーション】だが、弱っている以上、より効果の高い方法での使用を選ぶ。
ここまで来てしまうと、後はもう回復を祈るだけだ。
「ポーションまで持ち込んでたんだな」
「矢に毒でも付着していたら、最悪の事態も考えられたから」
「千早は本当に、モンスターにも優しいな」
そう言うと、千早はユキヒョウの頭をそっと撫でた。
「……助けられたから」
それから、小さく息をつく。
「私、ダンジョンに来る前は普通に外で仕事をしていたんだけど、それが本来ありえない環境だったみたいなの。そのことを知らなかった私はドンドン追い詰められて、満身創痍のまま耐え続けるみたいな生活をしてた」
なるほど、俗に言うブラックってやつか。
「その時に癒しになってくれていたのが、ダンジョンのモンスターたちを映した動画だったの。私にとっては、それが支えだった。それである日、ダンジョン動画を見てて突然「行こう」って思い立ったの」
「この子たちに、会いに行こうって?」
「うん。見たこともない魔物たちの中には、慣れる子もいる。そう思ったら足が止まらなかった。得られたスキルは【鉄壁】だったんだけど、このスキルは苦しい毎日に耐え続けた結果だと思ってる。そして耐え切るには、この子たちが必要だった」
千早は、目を閉じたままのユキヒョウの頭を撫で続ける。
「私にはこの子がケガをしたまま必死に逃げてる姿が、自分に重なったのかもしれない。狩って狩られてのダンジョンで、こんな甘い話、おかしいのかもしれないけど」
そう言ってまた、心配そうな視線を向けた。
「「っ!?」」
すると突然ユキヒョウが、その目を開いた。
そして自分の頭を撫でていた千早の手に、そのまま噛みついた。
「ッ!!」
「千早……!」
「大丈夫!」
突然のことに、【鉄壁】を発動し直す暇もなし。
千早はしっかりと、その手を噛まれた状態だ。
「大丈夫だから」
痛みに顔を歪めながら、それでも千早は振り払うでもなく、そのまま耐える。
「…………」
言われるまま、様子を見守る。
するとユキヒョウも敵意がないことに気づいたのか、それ以上の攻撃をすることはなく手を離した。
そしてゆっくり下がると、そのまま逃げるように立ち去って行く。
どうやらポーションは、しっかりと効いてくれたようだ。
「これでいいの。私が勝手にしたことなんだから。帰りましょう」
回復したユキヒョウを見送って、立ち上がる。
「ついて来てくれてありがとう。貴方がいなかったら、きっとこういう結果にはなってない」
そう言って千早は、肩の荷が下りたかのように笑った。
◆
「噛まれた手は大丈夫?」
「大丈夫よ。幸い牙の部分が刺さる形ではなかったから。心配してくれてありがとう」
昨日の一見があってなお、千早は普通に可愛いモンスター探しに向かう。
【鉄壁】は反則並みに強力なスキルだけど、念のための同行。
俺たちは、フェレットのようなモンスターがいるらしい階層に向かっていた。
「ほら、そっちの手を貸して」
大きな岩の段差。
手を使って上がる形になる箇所は、先に上がって引き上げる形が良いだろう。
「……あ、ありがとう」
千早は、ちょっと恥ずかしそうにケガのない方の手を伸ばした。
そして段差を上がると、視線を外しながら先を急ぐ。
「意外と千早って、こういうの気にする方なんだ」
「……動物と違って、慣れてないの」
わずかに頬を赤くしながら、歩を早める。
「フェレットみたいなモンスターかぁ、どんな感じなんだろう」
「あまり目撃の話がないんだけど、見つけられたらいいわね」
そうクールに言う千早だけど、早くもフェレットとの出会いを想像しているのか、明らかに足取りが軽い。
こういうところ、何気に可愛いんだよな。
「千早」
並んで進む俺たちの前に見えたのは、一匹の黒ヤギ。
その角に魔力を灯し、ものすごい勢いで特攻してくる。
その狙いは……千早だ!
剣に手を伸ばす。
千早が【鉄壁】で受け止めた後に、隙をつく形で攻撃という流れでいこうと決めた、その瞬間。
黒ヤギが突然の加速。
俺たちがわずかな驚きに、目を見開いたその瞬間。
「「っ!?」」
背後から跳んできて、黒ヤギに強烈な爪の一撃を叩き込んだのは、一体のユキヒョウ。
黒ヤギは一撃で自慢の角を折られて、慌てて撤退していく。
「……こんなの聞いたことないぞ。モンスターが助けに来るなんて」
ゆっくりと振り返るユキヒョウ。
初めて見る光景に、思わず感嘆してしまう。
これまでのダンジョンの歴史の中で、モンスターが探索者を助けたなんて話、聞いたこともない。
しかも、ユキヒョウが普段生息している階層でもないのに。
「ありがとう」
千早がそう言うと、近寄ってくるユキヒョウ。
そのままヒザの辺りに頭を擦りつけると、またどこかへと去っていく。
「ダンジョン内ではああやって、見てくれてるってことなのかな」
「きっと、そうなんだと思う」
ダンジョン内にできた新たな仲間は、まさかのモンスター。
前代未聞の事態に驚いていると、千早は小さくうなずいた。
「でも、なんとか……」
「なんとか?」
「抱きしめて頬ずりするところまでいけないかしら」
「最後の最後で、結局気持ち悪いやつが出ちゃったな」
最後はちゃんと目を輝かせる千早に、思わず笑ってしまう。
さすが柊千早。
それでこそ、ベースの一員だ。
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