26.千早とユキヒョウ
「なかなか見つからないな」
「そうね。やっぱりケガをしているから身を隠しているのだと思う」
負傷したユキヒョウを見つけた俺たちは、せめて矢を抜くことだけでもできないかと、連日ダンジョンに潜っていた。
「それにしても、同一種も本当に見かけないよな」
「魔物のデータベースも見てみたけど、あの子のデータはなかったわ」
ベースの面々に聞いても、あの白い魔物の情報は得られなかった。
間違いなく、相当レアな個体だろう。
「っ!」
千早が、突然身体を震わせた。
そこにいたのは、矢を受け倒れている一体の魔物。
斃れている魔物を見かける度に、「まさか」と走る緊張。
「大丈夫、あれはユキヒョウじゃない」
安堵の息をつきながら、俺たちは先日ユキヒョウを見た七階層を歩いて回る。
すると、しばらく歩いた先で騒がしい声が聞こえてきた。
「そっちだ! そっちに行ったぞ!」
「そらそら! 早く逃げねえと燃えちまうぞ!」
「アハハハハ! まあ逃がすつもりなんて、最初からねえんだけどなァ!」
笑いながら、モンスターを弄ぶような戦い方をする男たち。
必死に逃げる傷だらけのモンスターは、俺たちの横を通り抜けていく。
「「っ!?」」
すると放たれた炎弾が、俺たちの間を抜けて行って炸裂。
モンスターは地面をバウンドして転がった後、フラフラと逃げ去っていった。
「おいおい、間悪いなァ。せっかく捕獲寸前まで追い込んだのによォ」
「……捕獲? 懐くタイプのモンスターではなかったと思うけど」
千早が問うと、男はニヤリと笑う。
「捕まえて売るんだよ。安全に魔物を狩って遊びたい連中とか、モンスター同士を戦わせて遊びたいヤツにな」
「モンスターを捕まえて売る? そんなの初めて聞いたぞ……」
「まあ俺たちも、雇われてやってるだけだからな。でも、『外』にはそんな連中もいるってことだ」
「……外」
「まあダンジョンのモンスターには、外の法律も関係ないからな。文句を言われる筋合いはねえだろ?」
「そういうことだな」
「行こうぜ。そろそろ遊びは終えて、本命を探さねえと」
「あの趣味の悪い買取主に、高値で買うって言われてんだ。なんとしても捕まえて帰んぞ。あの――――ユキヒョウ」
「「っ!?」」
聞こえたまさかの言葉に、思わず顔を見合わせる。
「外の動物じゃ、こんなマネできねえからな。あんだけ綺麗な魔物なら最高のおもちゃになんだろうよ」
「確かに矢は刺さった。見つけちまえば捕獲は難しくねえはずだ」
そう言って男たちは、この場を去っていく。
「急がないと、マズそうだな」
「そうね」
千早がわずかに見せる、焦りの表情。
モンスターの特区外への持ち出しは、生態系への影響も考えて禁止されてる。
同時に、本来地球上にはいないモンスターたちを守るためのルールはない。
「一見すればあいつらも、ただ魔物を狩ってるだけの集団だからな。真っ向からの争いになれば、こっちが悪人だ」
「ユキヒョウを先に見つけて、助けるしかなさそうね」
うなずき合い、俺たちも走り出す。
「身を隠してるってことは、木々のある方って考えるべきか?」
「そう考えていいと思うわ。この階層だと……あっちね」
普段からダンジョンのモンスターを追っている千早の感性は、信用できる。
俺はその感覚に従って、後に続く。
思いつめた顔をする千早に、思わず問いかける。
「どうした?」
「攻撃性を持たない子に関して言えば、私も捕まえて帰っているのは同じだから」
「千早は仲良くなれる個体と一緒にいるだけだろ。戦う気も力もないのに痛めつけて遊んで、同じような趣向のヤツらに売りさばくのとは、同じじゃない」
「……うん」
「それに雇われてモンスターを捕獲に来たってことは、不法と知ってて斡旋してる人物がいるんだろうな」
「そうね。それは間違いないと思う」
そんなことを話しながら、緑の多い区域を進んできたところで――。
「――――いた」
千早が、足を止めた。
身を隠すように茂みに紛れ、息を潜めているのは……間違いない。
先日のユキヒョウだ。
「……どうやって、近づけばいいんだ?」
すでに向こうも、こっちに気づいてる。
俺たちは、穏便にユキヒョウの矢を抜く方法を考え始める。すると。
「おいおい、またお前たちかよ。どんだけ間が悪いんだよ」
「そいつは俺たちの獲物だ。退け」
さっきの男たちが、やって来た。
ユキヒョウの生存を確認して、ニヤリと笑みを浮かべる。
「……そうはいかないわ」
千早は、その前に立ちふさがった。
「そいつは俺たちが見つけた獲物だ。売主も決まってんだから邪魔すんじゃねえ」
すると男の一人が、その手をユキヒョウに向ける。
「ほら、当たっても知らねえぞ【サンダーアロー】」
容赦のない攻撃。
放たれた雷の矢は、一直線にユキヒョウに向けて突き進む。
「【鉄壁】」
「「「っ!?」」」
千早が、伸ばした手。
直撃した雷の矢は稲光を輝かせ、地面に流れて消えていく。
「ど、どうなってんだ……?」
無傷の千早に、驚く男。
「魔力係数が高いのか、耐性のスキルでもあんのか。まあ、どっちでもいい」
しかしそのリーダーは、攻撃の手を止めようとはしない。
「消し飛べよ! 【ウィンドストライク】!」
放たれた風の砲弾は、直撃すれば相手を暴風で吹き飛ばす強力な魔法。
ともすれば、千早とユキヒョウをまとめて吹き飛ばそうかという一撃だ。
「【不動】」
対して千早は、スキルを発動して壁となる。
「おい、一歩も動かねえぞ!? どうなってんだ!?」
驚きを深める男たち。
しかしリーダーの男はむしろ、冷徹な目でその手を天井へ。
「後ずさり一つしねえとは、大したスキルだな。だが……さすがに土砂に埋まっちまったら関係ないだろ?」
「「っ!?」」
普段からモンスターたちを追い立てているからなのか、出てきたのは非情なアイデア。
リーダーの男の手が、魔法の輝きを灯したその瞬間。
走り出したのは――――俺だけではなかった。
「グルルルルルルルル――――ッ!!」
「なにっ!?」
驚異的な速度で駆け出したユキヒョウが、千早の頭を跳び越えリーダーの男に特攻。
振り下ろす前足から振り下ろされた爪が、輝きと共に直撃した。
「ぐああああっ!」
リーダーの男は、大きな傷を負って倒れ込む。
「やれ! やるんだっ!」
始まった戦いに、仲間の男たちも慌てて動き出す。しかし。
「そこまでだ」
「「「っ!?」」」
俺の放った二本の【ソードソニック】が木々を斬り飛ばし、倒れた木が地を揺らし激しい音を鳴らした。さらに。
「モンスターの取り合いは、ダンジョンなら稀にあること。諦めて下がるなら、これ以上の攻撃はしない」
返す剣の飛ばした斬撃が、男たちの間をすり抜けていく。
「……チッ、引くぞ」
俺の一撃に、失う言葉。
リーダーの男がつぶやくと、男たちは逃げ去っていく。
「っ!」
するとそれを見たユキヒョウが、倒れ込んだ。
最後の力を振り絞ったのであろうユキヒョウのもとに、千早は慌てて駆け寄った。
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