25.千早の出会い
俺は千早と一緒に、ダンジョンにやってきていた。
頭飾りのように見えるよう編み込まれた、腰までの長い髪。
すらりとした体型に、大きな胸。
羽織ったカラフルなマウンテンパーカーに、ブーツ。
どこか登山者を思わせる格好に、一本の短剣。
クールな表情で、凛々しい歩き姿を見せる。
「……おお」
すれ違う探索者が、そんな千早の姿に感嘆する。
岩壁の隙間に、緑が見られる七階層。
やがて視界の先に現れたのは、一本の木にとまっている鳥型の魔物。
足を止めた千早が振り返る。そして。
「見て見て! あの子……か、可愛い――っ!!」
俺の袖をつかんで引き、見つけた鳥型の魔物に煌々と目を輝かせた。
「…………」
思い出したかのように、一度咳払い。
クールな顔を作り直すと、ゴクリとノドを鳴らした。
それから大きく一度深呼吸して意を決すると、そーっと近づいていく。
「あっ!?」
しかし足元の石を蹴ってしまったことで、驚いた魔物は逃げてしまった。
ガクリと、ヒザを突く千早。
普段はクールなイメージでカッコいいんだけど、本当に好みの魔物を見ると別人のように変わるなぁ。
「意外と緊張するタイプなんだな」
「放っておいて」
気まずそうに、顔を反らす千早。
気を取り直して、またダンジョンを進んでいくと――。
「「っ!?」」
その視線の先に、一体の魔物が現れた。
「なにかしら、あの子」
「分からない」
思わず二人、息を飲む。
白い毛並みに灰色の模様が入った、ユキヒョウを思わせる魔物。
尾は長く、耳も大型のネコ科にしては長めか。
見た瞬間に、特別と分かるその美しさ。
あれだけの素養を持ちながら有名になっていないなんて……かなりのレア個体なんじゃないか?
魔物にも、個体数みたいなものは存在する。
例えば階層主と呼ばれる個体は、各フロアに一体しか現れない。
このユキヒョウのような魔物はそれよりも少ない、圧倒的に僅少な個体なのだろう。
「矢が刺さっているわ」
「本当だ」
しかしその片脚には痛々しく、矢が突き立っている。
いつ狩られてもおかしくない、手負いの魔物の発見に、思わず惑ってしまう。
魔物の中には、攻撃性の高くないものもいる。
そして千早は、そういう個体をむやみやたらと攻撃したりはしない。
どう動くべきか。
そんなことを考えていると――。
「新手か!?」
ユキヒョウの落とした血を追う形でやって来たのは、一体の黒犬ヘルハウンド。
この階層を代表する、獰猛な魔物だ。
すぐに、警戒態勢に入るユキヒョウ。
するとヘルハウンドは、落ちていた血の持ち主に気づいて牙をむいた。
そしてそのまま、ユキヒョウ目がけて走り出す。
「あぶない……っ!」
荒っぽい飛び掛かりから、仕掛ける喰らいつき。
気付いたユキヒョウは大きく飛び下がるが、ケガをしているためか動きもぎこちない。
それを知ってか、ヘルハウンドはさらに踏み込んでいく。
四足獣特有の、相手を押さえつけようとする飛びつき。
続く連続の喰らいつきを、ユキヒョウは必死にかわす。
ヘルハウンドは、弱った冒険者を狙って弄ぶような、趣味の悪い魔物だ。
優位を悟り、まるでこの瞬間を堪能するかのように、じわりじわりと距離を詰めていく。
「ダンジョン内の魔物同士の戦い。割り込むのは野暮なんでしょうけど……!」
我慢できず、駆け出そうとする千早。
俺はその肩を、つかんで止めた。
「ここは俺が行く」
そう言って、【リザードマンの剣】を抜く。
「【ソードソニック】!」
放つ剣撃は、二体の頭上を狙ったもの。
岩壁に深々と刻まれた傷に、ヘルハウンドが視線をこちらに向けた。
それから少し悩むように、ユキヒョウと俺たちを交互にうかがった後――。
「来るわ!」
猛然と、こちらに向かって駆け出した。
「【ソードソニック】!」
速い動きが武器の四足獣。
一瞬でスピードに乗り、俺が放った剣撃を見事な足の運びでかわす。
「最初から、かわされた直後が本命だ!」
ヘルハウンドがかわした方向に向けて、即座に二本目の【リザードマンの剣】で放つ一撃。
これはかわし切れず、その胴体を斬撃がかすめた。
体勢を崩したヘルハウンドは、それでもその強靭な体幹で強引に足を進める。
この突進力こそが、この魔獣の恐ろしさだ。だが。
俺は剣を二本、重ねるように持つ。
放つのは、回転しながら打つ水平斬撃。
「これならどうだ!」
二発同時に放たれた斬撃を、崩れた姿勢のままかわすのは不可能。
直撃を受けたヘルハウンドは地面を転がり、そのまま倒れ伏した。
敵の打倒を確認して、一歩前に出る千早。
それはもちろん、ユキヒョウのためだ。
「……せめて、その矢を抜かせてもらえない?」
魔物相手に、駆ける声。
両者の間に、緊張の空気が生まれる。
ユキヒョウは飛び掛かる直前の、警戒の体勢のままでいる。
それでも、千早は止まらない。
「お願い」
穏やかな声。
ゆっくりと、足音を立てず、歩を進めていく。
一方ユキヒョウは警戒を解かず、唸り声を上げ始める。
そして両者の距離が、二メートルほどまで近づいたところで――。
ユキヒョウは、その顔をこちらに向けたまま転身。
洞窟の奥へと走り去って行った。
「…………そう簡単には、いかないわね」
その背を見送る千早。
ユキヒョウは一度立ち止まり、こっちに振り返った後、そのまま逃げ去っていった。
その足取りはやはり、ぎこちないままだった。
「矢は刺さったままだし、気になるけど……とりあえず助かって良かったわ」
千早は、とりあえずの危機回避に安堵の息をついた。
ヘルハウンドに捕まっていたら、死体を引きずり回して食わずに捨てるような真似をされる。
その無残な光景を見せることで、探索者たちに『力を誇示する』のが、やつらの習性だ。
「今回は助けることに成功したけど、あのままだと厳しいよな。とはいえ俺たちが近づいても逃げるだけだろうし」
「魔物には、人間に慣れる慣れないって結構明確にあるの。あの子は慣れるタイプではないんだけど……せめて、助けたい」
「そういうことなら、一緒にやろうか?」
俺がそう言うと、千早は小さくうなずいた。
「ありがとう。力を貸してもらえるなら……貴方以上に頼れる人はいないと思うわ」
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