19.マラソンはコレクターの嗜み
「……欲しい」
その気持ちは、突然湧き上がる。
先日のミノタウロス狩りの時に見た、大きな石剣を思い出してのつぶやき。
ダンジョン特有の岩石を削って作ったかのような剣は、その一部に魔宝石の鉱脈が埋まっていて、スキル使用時に輝く。
「カッコいい上に、間違いなくスキル武器なんだよなぁ」
ここ最近【ゴブリンリーダーの剣】や【トロルキングの斧】【ダンジョン・エクスペリエンス】などを入手して、武器熱がいつも以上に高まっているんだろう。
ミノタウロスの大きな石剣が……とにかく欲しい。
俺はさっそく、ダンジョン関係の動画から『ミノタウロス』のものを選んで鑑賞する。
「やっぱり、カッコいい」
次から次に、色んな角度から映される【ミノタウロスの石剣】を眺めて、思い立つ。
「……ミノ剣マラソンだ」
それはひたすらミノタウロスを狩ってドロップを待つという、シンプルなもの。
朝からダンジョンに入って夜まで。
やるなら十時間はいきたいところだ。
「ただそうなると……ダンジョンに持ち込む食べ物が欲しいなぁ」
俺はベースの共用スペースに出て、陸さんに声をかけてみた。
「マラソン時に食べられて、ほどよく腹が膨れるものって何かないかな」
「狩りの途中で食べるのに良い物か……なるほど」
陸さんは、少し考えるようにした後。
「それなら僕が作るよ」
そう言ってくれた。
「ありがとう。それじゃあ俺はしっかり寝て、体調を整えるとしよう」
明日は朝から、一日狩り三昧だ。
「【ミノタウロスの石剣】……絶対に手に入れてやる!」
◆
ダンジョンは、攻略こそが華。
しかし武器や宝石、魔物に食材、そして薬。
そんな攻略以外のものに夢中になっているのが、俺たちだ。
やって来た九階層には、赤茶けた石壁の続く迷宮のような空間がある。
俺はその中から、できるだけ広く周りを見渡しやすい場所を見つけて立ち止まる。
「ここが今日の狩りポイントだな」
九階層ともなると、広さの割に探索者が多くないから、マラソンもある程度しやすいはずだ。
「さあ、始めようか」
マラソン用のリュックを壁に立てかけるような形で置いて、俺の基本装備になっている【リザードマンの剣】を取る。
ほどなくして、迷路の先に一体の大きな影を発見。
「来たか」
俺がつぶやくと、まるでその声に応えるかのように、ミノタウロスが振り返った。
ぶつかる視線。
ミノタウロスが、手にした石剣を掲げる。
「来るっ!」
俺はすぐさま片足を引き、腰を低くして耐風姿勢に入る。
するとミノタウロスの掲げた石剣に混じった魔宝石の筋が緑色に輝き、スキルを発動。
「っ!」
吹き荒れる猛烈な烈風が、付近を駆け抜ける。
これは探索者の体勢を崩すだけでなく、魔法攻撃の進路を曲げたり炎弾を吹き消したりするスキルだ。
掲げた剣から巻き起こる突風、やっぱりカッコいい!
思わず腕で顔を隠す。
するとミノタウロスは走り出し、この隙を突く形で石剣を振り下ろしてきた。
「でも残念。しっかり防御態勢を取っていた俺に隙は無い! まずは景気づけだ!」
石剣の振り下ろしを右にかわして、踏み込む。
「【チェンジ】【大木断】!」
ミノタウロスが踏み込みに使った左足を、そのまま斬り飛ばして転倒を奪う。
「【チェンジ】! トドメは【強撃】だああああ――――っ!!」
そのまま【オーガリーダーの剣】に武器を換え、振り下ろしを叩き込んで勝負あり。
「さあ来いドロップっ!」
その手を離れた【ミノタウロスの石剣】に、すぐさま祈りを捧げる。
しかしミノ剣は、崩れて消えていく。
「……ダメか。まあ、さすがにな」
トロルキングの時が異常なだけで、一発ドロップは早々起こらない。
でも、これでいい。
せっかく気合を入れてきたんだし、今日はたっぷりマラソンしてやる!
「さあ次は、お前の番だ!」
剣を差し向けた先に、ゆっくりと現れる二体目のミノタウロス。
俺に気づくなり、今度は闘牛のような勢いで駆け出した。
砂煙を上げて駆ける巨体は、まるで重戦車の様だ。
実際あのタックルは、半端な中級者パーティならまとめて弾き飛ばすほどのパワーを持っている。でも。
「その距離から真っ直ぐ駆け込んで来たんじゃ、俺の前にはたどり着けない! 【チェンジ】!」
俺は武器を【リザードマンの剣】に換えて、振り上げる。
「【ソードソニック】!」
放つ斬撃。
もちろん、一発だけでは終わらない。
「そら! そらそらそらっ!」
続けざまに繰り出す斬撃に、その身を斬られていていくミノタウロス。
最後の一撃が胸元を切り裂き、派手に転倒して倒れ伏す。
「さすがに早々ドロップはしてくれないなぁ……でも」
次の獲物を見つけた俺は、わざと石を蹴って音を鳴らす。
「マラソンはまだ、始まったばかりだ!」
怒涛の勢いで駆けてくる新たなミノタウロスに、俺は剣を握り直した。
◆
「響介さーん!」
「…………ん?」
ミノタウロスを、【大木断】で斬り飛ばして振り返る。
「あれ、こんなところでどうしたんだ?」
見れば九階にやって来たのは、六花と千早だった。
「陸さんの作ったお昼を持ってきたんです」
「そういうことか、ありがとう。ていうかもうそんな時間?」
気が付けば、朝八時過ぎから始めたマラソンは十二時を回っていた。
「調子はどう?」
「今大体三十体かな? 同じ場所で狩り続けると出が悪くなったりするから、少し場所を動いたりもしたんだけど」
「午前中だけでミノタウロスを三十体……本当に、とんでもないわね」
千早は、そう言って感嘆する。
「その上、響介さんには【大器晩成】がありますからね。マラソンついでに高すぎる経験を積んでくるんですよ」
そう言いながら六花は、ダンジョンの床にシートを敷いて、陸さん作の昼食を広げる。
「なんか、ピクニックみたいだな」
思わず口元が緩む、六花の行動。
こういう時は普通、立ったまま食べるものだけど、シートを持ってくる辺りは生真面目な六花らしい。
それでいてそのシートがカラフルだから、ちょっと面白いんだよな。
「大丈夫よ。壁際に腰を下ろして座れば、ミノタウロスが登場した時点で気づけるから」
そんな千早に先導されるように、三人シートに腰を下ろす。
ここでも正座の六花と、脚をそろえて人魚みたいな座り方をする千早。
「それでは、いただきましょう!」
広げた昼食のメインは、カツサンド。
「「「いただきます」」」
三人一緒に手に取って、さっそくかぶりついた。
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