表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/42

18.ベースの夜

「響介くん」


 時刻は24時。

 部屋のドアを叩く音が聞こえて振り返ると、声をかけてきたのは陸さんだった。


「夜食作ったから、一緒に一杯どうだい?」

「あ、食べる食べる」


 入り込んできた良い匂いに誘われて、俺は共用スペースのテーブルへ。

 キッチンには業務用冷蔵庫を始め、一通りの調理器具がそろっている。

 これは陸さんが前の店から、借りた軽トラで持ち出してきた道具たちだ。


「おお、これは……!」

「ミノタウロスの、すじ煮込みだよ」


 小皿に盛られた煮込みには、人参とこんにゃくと一緒に似たすじ肉。

 そこに乗せられた細切りの長ネギが、目に鮮烈な印象を与える。

 さっそく、一口。


「そうそう、この食感だよなぁ……! それに味噌の風味が良くて、めちゃくちゃ美味いぞ……!」


 陸さんは本当に、こういう歯ごたえの残し方が絶妙なんだよなぁ。

 味噌はさすがに市販の物だろうけど、すじ肉によく合ってる。そして。


「このピリッとした感じも、たまらないな……」

「ダンジョンには、トウガラシのような薬草もあってのぉ」


 得意げな笑みを浮かべたのは紫水さん。

 なるほど、この一瞬火が灯ったかのような辛みはダンジョン産か。


「そうそう、先日のチキンラン救出の時に引っこ抜いた草、本当に新種みたいでの。研究機関に送っておいたところじゃ」

「それは思わぬ副産物になったなぁ。いい効果を持ってるといいなぁ」


 そんなことを話しながらも、煮込みを食べる手が止まらない。


「ミノタウロスは旨いのに、捨て所がなくて本当にいいよ」


 そう言って陸さんは、テーブルの上に小型の七輪を置いた。


「これは?」

「牛タンの炙りなんてのも、いいだろう?」

「おおっ、マジか!」


 出てきたのは、コマ切れのタン。

 さっそく炙って、塩とレモンで一口。


「ミノタウロスは、タンも旨いのか……! そしてこっちもしっかりした歯ごたえが……っ!」

「フォッフォ。これはたまらんのぉ」

「そして、ダンジョン産の果実で作った疑似サングリアね」


 淡い麦色の液体に、いくつもの実を漬け込んだ鮮やかな果実酒。


「今度はさっぱり飲みやすい系か……! これは進みまくっちゃうやつだな!」


 爽やかな柑橘の酸味と共に、広がるベリー系の風味。

 サングリアは濃い甘みのイメージだけど、こういうさっぱり系も良い!

 これには紫水さんも、思わず手が進む。

 男三人、こういう夜食タイムも良いなぁ……。


「ミノタウロスは、一体から取れる食材の量が多くていいね。【収納】なら新鮮なまま管理できるから最高だよ。この前の限定店舗も調子よかったし、配信のおかげで新作も期待されていてね。今考えてるところなんだ」


 あの日の配信は、結構話題になってたからなぁ。

 次のメニューは、さらに注目を集めるだろう。


「そこでもっと大きな解体用の包丁が欲しいんだけど、どうしようかと思ってね」

「そういうことなら思い切って、切れ味が落ちない鉱石素材がいいんじゃないかなぁ。大きな刃物は研ぐのも大変だし、それならそもそもその必要が極端に少ない物を選ぶといいと思う」

「さすが響介くんだね、いいアイデアだ」

「任せてくれ。刃物ならなんでもいける」

「フォッフォ。こうして人気料理人の試作品をいただけるのは、ベースの特権じゃな」


 早くも期待をふくらませる紫水さんは、ご機嫌で果実酒を飲み干した。


「紫水さん、今夜は帰らなかったんだな」

「妻は友人と旅行に出ておっての」

「なるほど。それなら家族第一の紫水さんがいるのも納得だ」


 紫水さんは基本、定時帰宅だからな。


「そろそろヌシらも身を固めることを、考えた方がいいのではないか?」

「まあ、そうですねぇ……」

「や、やめてくださいよ、その話は」


 ニヤリと笑う紫水さんに、顔を引きつらせる陸さん。


「え、そんなに焦ってるの?」

「いいかい響介くん。今はまだちょっとした未来の問題くらいかもしれないけど、僕との差は六歳程度。そして六年なんてあっという間だし、急に身に染みるようになり出すからね!」

「そ、そうなんだ……」


 弄ぶような笑みを浮かべる紫水さんと、冷や汗をかく陸さん。

 三十歳になる俺も、陸さんのリアクションに思わず息を飲む。


「ところで響介。このベースには女子もいるが……好みの子でもいないのかの?」


 なるほど、そう来たか。

 どう触れようかと考えていたところだけど、紫水さんは意外とイタズラ好きなんだなぁ。

 そういうことなら。


「……ルルかな」


 ガタッと、音がした。

 そう。飲み物でも取りに来たのだろうルルが、男三人の急な飲み会をそーっとスルーして冷蔵庫に向かったのに、俺たちは気づいていた。

 あのコソコソ感は、「な、なんか人がいっぱいいる……」みたいな感じだろう。

 これでもずいぶんベースのメンバーには慣れたルルだけど、それでも複数人の賑やかな空間となると『身体が勝手に距離を取ってしまう』ようだ。


「そうだったのか……それなら僕たちは、ライバルだね」


 すると陸さんも、そんな俺のネタに乗ってきた。

 ほほう、そう来るのか。


「僕は次にルルちゃんに会ったら、交際を申し込もうと思ってる」

「実は、俺もだ」


 さて、これでいい感じに『空気』ができたぞ。


「さてと――――何か、飲み物でも取ってくるか」


 ガタン! と鳴る物音。

 ここで俺は、冷蔵庫に向かうことを宣言した。

 そしてゆっくりと、ルルが隠れているであろうキッチンへと向かう。

 さあ、ルルはどうする!?

 近づいてくる冷蔵庫に、高まる期待。

 俺はその扉を開きつつ、確認する。

 ルルが、選んだ手段は――。


「…………っ!」


 冷蔵庫の横で頭を抱えて動かずいれば、「もしかしたら見つからないかも」という無謀なものだった。

 長いフワフワの白髪が、バレないはずがない。

 俺は噴き出しそうになるのを我慢して、気づいてないフリをしながら飲み物を取り出す。

 でもテーブルに戻ったところで、我慢の限界がきた。


「あはははははっ! 冗談だよルル!」

「フォッフォ、隠れていたのに気づいておったんじゃ」


 俺たちがそう言うと、そーっと冷蔵庫の横から顔を出す。

 そして俺たちの笑いで、イタズラに気づいたんだろう。

 ルルは、その顔を真っ赤にした。


「いやー、ごめんごめん。ルルちゃんは甘い物が好きだったよね? 用意、してあるよ」

「っ!」


 しかし陸さんのそんな言葉に目を輝かせると、即座にテーブルに着席。

 待ちきれないとばかりに、フォークとスプーンを両手に握って待つ。

 すると陸さんはすぐに、ダンジョンベリーと呼ばれる明るい赤紫色の実を使った、タルトを持ってきた。


「いただきま」


『す』と一口目が、同時になるほどに早いフォークの運び。


「おいしい……」


 タルトを口に入れたルルは、幸せそうに息をつく。


「レッドドラゴンの骨格標本造りは、上手くいってる?」


 俺がたずねると、ルルはこくりとうなずいた。


「下準備が終わったところ。ポーズはもう決めてあるから、組み上がりが楽しみ」


 その表情に、感じる気合。

 これは今夜いっぱい、作業を続ける感じかな。


「魔物の骨格標本とはまた、面白いことするものじゃのぉ……」

「ダンジョンができるまで世界に存在しなかった存在。架空の生き物だったドラゴン。その骨格標本。できあがりを想像するだけで楽しみ……っ」


 甘い物を食べ、さらに作品作りの話となれば、さすがのルルも饒舌になる。

 続く談笑は、止まらない。

 一度話が始まってしまえば、ルルも色んな表情を見せる。

 夜のベースに灯る橙の灯りは炎のようで、なぜかすごく心地よい。

 俺も今夜は、この時間を楽しむとしよう。

お読みいただき、ありがとうございました!

少しでも「いいね」と思っていただけましたら――。

【ブックマーク】・【★★★】等にて、応援よろしくお願いいたしますっ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ