18.ベースの夜
「響介くん」
時刻は24時。
部屋のドアを叩く音が聞こえて振り返ると、声をかけてきたのは陸さんだった。
「夜食作ったから、一緒に一杯どうだい?」
「あ、食べる食べる」
入り込んできた良い匂いに誘われて、俺は共用スペースのテーブルへ。
キッチンには業務用冷蔵庫を始め、一通りの調理器具がそろっている。
これは陸さんが前の店から、借りた軽トラで持ち出してきた道具たちだ。
「おお、これは……!」
「ミノタウロスの、すじ煮込みだよ」
小皿に盛られた煮込みには、人参とこんにゃくと一緒に似たすじ肉。
そこに乗せられた細切りの長ネギが、目に鮮烈な印象を与える。
さっそく、一口。
「そうそう、この食感だよなぁ……! それに味噌の風味が良くて、めちゃくちゃ美味いぞ……!」
陸さんは本当に、こういう歯ごたえの残し方が絶妙なんだよなぁ。
味噌はさすがに市販の物だろうけど、すじ肉によく合ってる。そして。
「このピリッとした感じも、たまらないな……」
「ダンジョンには、トウガラシのような薬草もあってのぉ」
得意げな笑みを浮かべたのは紫水さん。
なるほど、この一瞬火が灯ったかのような辛みはダンジョン産か。
「そうそう、先日のチキンラン救出の時に引っこ抜いた草、本当に新種みたいでの。研究機関に送っておいたところじゃ」
「それは思わぬ副産物になったなぁ。いい効果を持ってるといいなぁ」
そんなことを話しながらも、煮込みを食べる手が止まらない。
「ミノタウロスは旨いのに、捨て所がなくて本当にいいよ」
そう言って陸さんは、テーブルの上に小型の七輪を置いた。
「これは?」
「牛タンの炙りなんてのも、いいだろう?」
「おおっ、マジか!」
出てきたのは、コマ切れのタン。
さっそく炙って、塩とレモンで一口。
「ミノタウロスは、タンも旨いのか……! そしてこっちもしっかりした歯ごたえが……っ!」
「フォッフォ。これはたまらんのぉ」
「そして、ダンジョン産の果実で作った疑似サングリアね」
淡い麦色の液体に、いくつもの実を漬け込んだ鮮やかな果実酒。
「今度はさっぱり飲みやすい系か……! これは進みまくっちゃうやつだな!」
爽やかな柑橘の酸味と共に、広がるベリー系の風味。
サングリアは濃い甘みのイメージだけど、こういうさっぱり系も良い!
これには紫水さんも、思わず手が進む。
男三人、こういう夜食タイムも良いなぁ……。
「ミノタウロスは、一体から取れる食材の量が多くていいね。【収納】なら新鮮なまま管理できるから最高だよ。この前の限定店舗も調子よかったし、配信のおかげで新作も期待されていてね。今考えてるところなんだ」
あの日の配信は、結構話題になってたからなぁ。
次のメニューは、さらに注目を集めるだろう。
「そこでもっと大きな解体用の包丁が欲しいんだけど、どうしようかと思ってね」
「そういうことなら思い切って、切れ味が落ちない鉱石素材がいいんじゃないかなぁ。大きな刃物は研ぐのも大変だし、それならそもそもその必要が極端に少ない物を選ぶといいと思う」
「さすが響介くんだね、いいアイデアだ」
「任せてくれ。刃物ならなんでもいける」
「フォッフォ。こうして人気料理人の試作品をいただけるのは、ベースの特権じゃな」
早くも期待をふくらませる紫水さんは、ご機嫌で果実酒を飲み干した。
「紫水さん、今夜は帰らなかったんだな」
「妻は友人と旅行に出ておっての」
「なるほど。それなら家族第一の紫水さんがいるのも納得だ」
紫水さんは基本、定時帰宅だからな。
「そろそろヌシらも身を固めることを、考えた方がいいのではないか?」
「まあ、そうですねぇ……」
「や、やめてくださいよ、その話は」
ニヤリと笑う紫水さんに、顔を引きつらせる陸さん。
「え、そんなに焦ってるの?」
「いいかい響介くん。今はまだちょっとした未来の問題くらいかもしれないけど、僕との差は六歳程度。そして六年なんてあっという間だし、急に身に染みるようになり出すからね!」
「そ、そうなんだ……」
弄ぶような笑みを浮かべる紫水さんと、冷や汗をかく陸さん。
三十歳になる俺も、陸さんのリアクションに思わず息を飲む。
「ところで響介。このベースには女子もいるが……好みの子でもいないのかの?」
なるほど、そう来たか。
どう触れようかと考えていたところだけど、紫水さんは意外とイタズラ好きなんだなぁ。
そういうことなら。
「……ルルかな」
ガタッと、音がした。
そう。飲み物でも取りに来たのだろうルルが、男三人の急な飲み会をそーっとスルーして冷蔵庫に向かったのに、俺たちは気づいていた。
あのコソコソ感は、「な、なんか人がいっぱいいる……」みたいな感じだろう。
これでもずいぶんベースのメンバーには慣れたルルだけど、それでも複数人の賑やかな空間となると『身体が勝手に距離を取ってしまう』ようだ。
「そうだったのか……それなら僕たちは、ライバルだね」
すると陸さんも、そんな俺のネタに乗ってきた。
ほほう、そう来るのか。
「僕は次にルルちゃんに会ったら、交際を申し込もうと思ってる」
「実は、俺もだ」
さて、これでいい感じに『空気』ができたぞ。
「さてと――――何か、飲み物でも取ってくるか」
ガタン! と鳴る物音。
ここで俺は、冷蔵庫に向かうことを宣言した。
そしてゆっくりと、ルルが隠れているであろうキッチンへと向かう。
さあ、ルルはどうする!?
近づいてくる冷蔵庫に、高まる期待。
俺はその扉を開きつつ、確認する。
ルルが、選んだ手段は――。
「…………っ!」
冷蔵庫の横で頭を抱えて動かずいれば、「もしかしたら見つからないかも」という無謀なものだった。
長いフワフワの白髪が、バレないはずがない。
俺は噴き出しそうになるのを我慢して、気づいてないフリをしながら飲み物を取り出す。
でもテーブルに戻ったところで、我慢の限界がきた。
「あはははははっ! 冗談だよルル!」
「フォッフォ、隠れていたのに気づいておったんじゃ」
俺たちがそう言うと、そーっと冷蔵庫の横から顔を出す。
そして俺たちの笑いで、イタズラに気づいたんだろう。
ルルは、その顔を真っ赤にした。
「いやー、ごめんごめん。ルルちゃんは甘い物が好きだったよね? 用意、してあるよ」
「っ!」
しかし陸さんのそんな言葉に目を輝かせると、即座にテーブルに着席。
待ちきれないとばかりに、フォークとスプーンを両手に握って待つ。
すると陸さんはすぐに、ダンジョンベリーと呼ばれる明るい赤紫色の実を使った、タルトを持ってきた。
「いただきま」
『す』と一口目が、同時になるほどに早いフォークの運び。
「おいしい……」
タルトを口に入れたルルは、幸せそうに息をつく。
「レッドドラゴンの骨格標本造りは、上手くいってる?」
俺がたずねると、ルルはこくりとうなずいた。
「下準備が終わったところ。ポーズはもう決めてあるから、組み上がりが楽しみ」
その表情に、感じる気合。
これは今夜いっぱい、作業を続ける感じかな。
「魔物の骨格標本とはまた、面白いことするものじゃのぉ……」
「ダンジョンができるまで世界に存在しなかった存在。架空の生き物だったドラゴン。その骨格標本。できあがりを想像するだけで楽しみ……っ」
甘い物を食べ、さらに作品作りの話となれば、さすがのルルも饒舌になる。
続く談笑は、止まらない。
一度話が始まってしまえば、ルルも色んな表情を見せる。
夜のベースに灯る橙の灯りは炎のようで、なぜかすごく心地よい。
俺も今夜は、この時間を楽しむとしよう。
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