17.チキンランの危機
共用スペースでは、紫水さんがタブレットを眺めていた。
「何見てんの?」
たずねると、コーヒー片手に振り返る。
「この前の若者が、チキンランを始めるようじゃ」
見れば画面には、ダンジョン六階層の映像。
どうやら先日見た配信者パーティの、チキンランが始まるようだ。
なかなか人気のある配信者なのか、コメント欄も盛り上がっている。
「今日の配信ではなんと、チキンランを行いたいと思います!」
そんな中で、五人組の配信者パーティは説明を開始。
「実は俺たち、ここ六階層に未発見ルートを見つけていまして……それがここです!」
足元には確かに、見たことのない縦穴が開いていた。
それを見た視聴者から「おおっ」と、リアクションが生まれる。
「そこでうちの魔法係数トップを誇るアラタ君が、チキンランで皆さんに新ルートをお見せするということになりました」
新階層での配信となれば当然盛り上がるのだが、新ルートも負けじと人気が出る。
隠されたルートでは、魔物や植生などの配置が違うからだ。
そこをチキンランという緊張感のあるネタで使うとなれば、熱狂しないはずがない。
「それではアラタ君に、意気込みを聞いてみましょう」
どこか挑発気味の表情で、話を振るパーティメンバー。
「こんなの余裕だろ。一発踏破で伝説にしてやるよ」
「おおーっ」
それを買う形での発言に、メンバー一同が盛り上がる。
「それでは行ってもらいましょう! 未踏の新ルートへ! よーい……スタート!」
合図と同時に、少年は縦穴に飛び込んだ。
始まったチキンラン。
なるほど。敵の避け方やさばきも上手いし、これくらい自由に動ければ人気も出るだろう。
メンバーに魔力係数を嫉妬されるだけあって、上手だ。
新ルートはアリの巣のように、急な下りの道と岩場のホールが連続する形のようだ。
「っ!?」
岩陰から突然出てきたサイの魔物、ライノウォリアー。
少年に、豪快な突撃を仕掛けてきた。
喰らえばこの岩場を転がることになり、ケガでは済まない可能性もある一撃だ。
少年はとっさの体当たりを、全力の飛び退きで回避。
足場の悪さに体勢を崩したが、どうにかやり過ごした。しかし。
「一体目は、オトリだ!」
思わず口をつく。
一体目に注意を引かれている間に、接近していた二体目が放つ棍棒の振り回し。
「うああああああっ!」
本命の一撃が右腕を打ち、強く弾かれた少年は硬い地面を転がった。
岩場にぶつけた頭から、血がボタボタとこぼれ落ちる。
すると異変に気付いたのか、付近のライノウォリアーが集まってきた。
「くっ!」
少年は血をこぼしながらも必死に、身を隠せそうな岩陰の多い方へと逃げ込んで行く。
しかし下の階へと続く道にはまだ距離があり、出口はサイの魔物に塞がれた状況だ。
『広くはないこの階で、あのケガじゃ助からないな』
『血を落としながらだから、後を追われるね』
『逃げ場も塞がれてるし、あとは狩り出されるだけか……』
あとは追い詰められるのを待つだけ。
そんな気配が、視聴者の中に充満する。
助けようにも、その場まで行くのがまず難しい。
まだ地図もない新区域に、今から行って間に合うはずがない。
そのうえたどり着けたとしても、この数のライノウォリアーたちを打倒しなくてはならないため、帰ってこれるかどうかも不透明。
そして本人のあのケガは、一刻も早いポーションの使用が必要だ。
この圧倒的な厳しさ。
これがチキンランという、無謀競技の本質だ。
『ああ……これはもう無理だな。どうしようもない』
そして、視聴者の全てがチキンランの失敗を確信したその瞬間。
「響介、同行を頼めるかの?」
「ああ、もちろん」
紫水さんが、立ち上がった。
俺はすぐに剣を一本だけ持ち出し、紫水さんの肩をつかむ。
「ゆくぞ――――【瞬間移動】」
スキルの発動と同時に、視界が殺風景な洞窟内に変わる。
間違いない。
少年がチキンランを行ってた、ライノウォリアーの岩場だ。
「フォッフォ、偉いぞ。『お守り』はちゃんと持っていたようじゃな」
「あ、あんたは……! どうしてここに!?」
「これが、ワシのスキルじゃ」
まさかの登場に、驚愕する少年。
得意げな笑みでそう応えた紫水さんは、一つのガラス瓶を差し出した。
「これを飲むといい。傷が治る」
「これ、ポーションじゃねえか。こんな高い物……」
「年寄りの言う事は、聞いておくものじゃ」
受け取った少年がポーションを飲み干すと、傷は驚異的な速度で塞がっていく。
「……でも、この状況じゃもう」
集まってきた魔物たちを見て、少年は顔を引きつらせる。
「確かにこの数は、なかなかじゃな……じゃが」
すると紫水さんは、俺の方を向いて笑う。
「響介なら、肩慣らしにもならん程度じゃろ?」
「な、何を言ってるんだ……? ライノウォリアーはもっと下層に基本単体でいる強敵で、群れるパターンなんて初めてなんだぞ?」
「見ておれ」
俺は唖然としている少年の視線を背に、岩陰を出る。
するとライノウォリアーたちは、一斉にこちらに向き直った。
そして、一斉に突撃を仕掛けてくる。
大型の敵で怖いのは、実はこの『攻撃範囲』の広い体当たりだったりする。
それが複数体の一斉攻撃となれば、一体に弾かれた時点で敗北確定みたいな形になるだろう。
「でもそれなら、ここまで辿り着かせなければいいだけだ」
この足場の悪さに影響を受けない戦い方は、これだ!
「【ソードソニック】!」
俺は迫り来るライノウォリアーに対して、剣撃を飛ばすことで対応。
振り上げ、振り降ろし、払い、返し、そして十字。
直接剣をぶつけないからこその、速い剣の振りから放たれる斬撃が、次々に敵を斬り飛ばす。
「マジかよ、近寄る事すらできてない……」
「さあ、これで最後だ!」
大きな振り降ろしで放った斬撃は、そのまま十体目のライノウォリアーを打倒。
危険を感じる距離に一度も入れることなく、片付けることができた。
戦いが終わり、安堵の息をついたその瞬間。
「「「ッ!?」」」
俺たちと同じく岩陰を伝って来たのだろうライノウォリアーが、岩を蹴って高く跳躍。
そのまま、手にした石棍棒を叩きつけにくる。
走る、強烈な緊張感。
振り下ろされる、豪快な一撃。しかし。
「【ソードソニック】! からの【ソードソニック】!」
放つは、払いから最速で続ける『返し』という連撃。
まったく同じ軌道で飛ぶ二連続の斬撃は、そのまま空中のライノウォリアーを両断した。
「ツバメ返し……なんてね」
【リザードマンの剣】は、とにかく連続攻撃できるのが大きい。
連続の斬撃は、剣の持ち主であるリザードマンですら使わないけど、本当に優秀だ。
「……ほ、本当に、傷の一つのもなしに片づけちまった」
「ワシの見立てでは、ダンジョンで一番頼れる男じゃよ。ほれ、もう隠れている必要はないぞ」
静まり返る岩場に、踏み出した紫水さん。
もうこの場所に、敵はいない。
「す、すみませんでした――っ!!」
すると少年は、勢いよく頭を下げた。
「二人が来てくれなかったら……俺、死んでました!」
そんな光景の中、少年は噛みしめるようにそう言った。
「ありがとうございます。こんなすごい能力を持ってる探索者だってことも知らずに、恥ずかしい」
「フォッフォ。なーに、この見たことのない草が気になっただけじゃよ」
紫水さんはそう言って、近くに生えていた草を抜いて笑った。
「それに若いうちは、生意気なくらいでいいんじゃよ。まあ、引き際の見極めは大事じゃがの」
「はい」
「次はお前さんが、無謀な者を助けてやればいいんじゃ」
「はい!」
「それからお前さんも、仲間は選んだ方が良いぞ。命を粗末にするような生き方は何も生まないからの」
「はい!」
「何より、家族が悲しむ。ましてそれが度胸試しのような形で命を落としたとなれば、やるせない思いをするじゃろうからな」
「はいっ!」
「ダンジョンは常に死と隣り合わせじゃ。気を抜くことなく、常に健康に気を使い、些細な体調の変化を見逃さず、自分に合う薬の発見はもちろん、できるなら水にもこだわりを持って――――」
「……は、はい」
こうなると紫水さんは、話が長い。
少年、帰る頃には耳がキーンってなってるだろうなぁ。
◆
『帰ってきた!』
『帰ってきたぞ!』
ダンジョン前に帰還した、響介と紫水。
そこに待ち受けていたのは、チキンラン配信を見ていた視聴者たちだった。
「「「「おおおおおおおお――――っ!!」」」」
少年の無事を見て、大きな拍手で出迎える。
『いきなり現れて、あの絶望の状況からの救助は痺れたな……』
『これは伝説の配信になったぞ!』
『ていうかまただ……またこいつだ……!』
『トロルキング一撃打倒の探索者か!』
『マジで、一体何者なんだ!?』
奇跡の救助を成功させた二人に、向けられる称賛の声と憧れの眼差し。
歓声にわく、ダンジョン前。
「……へえ」
そんな配信を見かけて、つぶやく一人の探索者。
美しい金色の長髪と、凛々しい顔つき。
特殊な素材を用いた、戦闘用の黒いボディスーツ。
その上に、外套を羽織る。
「気になる配信者がいるんですか?」
「ちょっとね」
「ダンジョン攻略の女王と呼ばれた、獅条アスカが気にするほどの探索者なのですか?」
「…………さあ、どうかしら」
呼び出しに来た職員の言葉に、獅条アスカは短く答えて部屋を出る。
ダンジョン素材を使って作られた大剣を、悠々と片手で持ち上げて。
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