16.北条紫水は健康が命
「あれ、紫水さん?」
「響介か? これは偶然じゃな」
ダンジョンからの帰り道、出入り口のところで出会ったのは、ベースメンバーの老紳士こと北条紫水。
白髪を、外国人のような七三分けにした髪型。
シャツにスーツ地のベストを羽織り、グレーのスラックス。
『渋さ』あふれる63歳はもちろん、我らがベースの最年長だ。
「その格好でハイカットのバスケットシューズなのは、やっぱり目立つなぁ」
「フォッフォ。特区でこいつを履いてるのはワシくらいじゃろうな」
そう言って得意げにする紫水さんは肌ツヤもよく、足取りもしなやか。
「ダンジョン向けじゃない靴でも、それだけ動けるって大したもんだ」
「当然。こちとら筋金入りの健康オタクじゃからな」
「紫水さんの部屋は植物多いもんなぁ。それもダンジョン植物ばっかり」
「年を取ると健康に気を使うようになるものじゃ。今日もダンジョン産の植物や果実で、健康に良い物がないか探索してきたところじゃよ」
この洒落た格好で、背中には植物の入ったカゴ。
ここだけ急に、年よりくさい。
ちなみにダンジョンから生まれた薬には、様々なものがある。
無謀な探索者が食べて効果が発見されたものや、運営地帯の研究機関で見つかったもの。
超高価な【ポーション】なんかは、その代表だろう。
「実際、最近のダンジョン薬にはどんなものがあるの?」
俺が聞くと、紫水さんはその目を輝かせた。
「まだ時間限定じゃが集中力が高まったり、筋力を上げたりするものがあるぞ! 戦闘時には魔力係数が重要じゃから必要性は何とも言えんが、肌がツルツルになるものなんかは永続性を持たせられる薬が生み出せれば日常生活で使うこともできるかもしれん! 【若眼草】は近くもよく見えるからの! 本を読むときなんかには最高じゃな!」
さすが紫水さん。
部屋でダンジョン植物を育ててまで研究機関の手伝いをしているだけあって、怒涛の薬語りだ。
実際ダンジョン薬は、面白い効果のあるものも多いんだよな。
「この感じならきっと、長生きに効くものも見つかるじゃろ」
「やっぱり目的は、不老長寿に向かっていくんだなぁ」
「フォッフォ。人間はいつの時代も変わらん」
そう言って紫水さんは目を細める。そして。
「妻より少しだけ長く生きたいんじゃよ。一度は全てを失った自分を支えてくれた妻よりも、少しだけ。だからまだまだ……死ねんのじゃな」
穏やかな口調で、そう言った。
「子供の成長と独り立ち、そして孫の成長。孫の孫が大きくなり、さらに孫の孫の孫が一人前になっていく姿を見届けるんじゃ」
「エルフにでもなるつもりなんか」
「フォッフォ。そんなわけで今日もこうして、とにかくダンジョン植物を集めまくっておる。もはや徘徊老人じゃな」
「あはは。ダンジョンでの徘徊は迷惑過ぎるなぁ」
連れ戻す難易度が高すぎる。
「そのくせ【瞬間移動】で、一瞬で帰ってきたりするんでしょ?」
「そうなるの」
笑う紫水さんに、俺は【瞬間移動】について聞いてみる。
「今の『ポイント』は、どうなってるの?」
「『ベース』は基本として、ダンジョン前、三、五、七、九、十一階じゃな」
北条紫水を代表するスキルである【瞬間移動】は、本人が実際に出向いて魔力でマークした地点に、自在に飛ぶ。
ただし、ポイントにできるのは十ヶ所までという話だった。
そしてもう一つ。
同じく魔力でマークした魔宝石に飛ぶというものだ。
もともと他に類を見ないレアスキルである【瞬間移動】だけど、この魔宝石移動が特にすごい。
先日のレッドドラゴン解体のように、本人が行ったことのない場所でも、魔宝石さえそこにあればいきなりその場所に飛べる。
連発こそできないけど、短時間での再使用が可能だし、本当にベースは反則スキル持ちばっかりだ。
ダンジョン前でそんなことを話していると、俺たちの前で一つの集団が騒ぎ出した。
「お前、本当にできんのかよ?」
「はあ? できるに決まってんだろ」
「ムリムリ。ビビりのお前に、チキンランとか絶対ムリだから」
高校生くらいの少年が、仲間内でいじられているようだ。
ちなみに『チキンラン』というのは、『魔力係数に見合わない深い階層や、未確認の新発見ルート』をひたすら突き進んで帰ってくるというものだ。
魔物なんかは全てスルーして、一人きりの全力疾走。
どこまで『危険区域』を走れるかといった、恐ろしい度胸試し。
これはゲームでいえば、無理してレベルの見合わないマップを進み、敵からは全て逃亡を選択。
いくつも先の町に行って、高レベルの武器を買うみたいな行動が一番近い。
「できるって言ってんだろ!」
「できるんだったら、俺たちは配信者なんだから分かってるよな?」
「ああ、もちろん配信で行ってやる」
少年は張り合うままに、そう宣言。
「そんじゃ準備しとけよ。せっかく見つけた新ルート。最高の形で配信ネタにしてやろうぜ」
「俺たちの中で魔力係数が一番高いってところ、みせてくれよな」
そう言って、少年を残して仲間たちが去っていく。
「あんな挑発に付き合うには、やめといた方がいいのう」
「ああ?」
紫水さんの言葉に、少年が振り返る。
「お前さんの魔力係数が高いのが気に食わないって、思いっきり態度に出ておったからのぉ」
「ジジイには関係ねえだろ。ビビりだなんて言わせたままにしておけるかよ」
「安い挑発に乗って命を落としたのでは、笑えんじゃろ?」
「年寄りは引っ込んでろって言ってんだろ! 俺がそんなに弱そうに見えるってんなら、ここで力を見せやろうか!? ジジイとはレベルが違うってことをよォ!」
そう言って少年が詰めると、紫水さんは短く息をつく。そして。
「今なんと?」
「だから、ここで力を見せてやろうかって言ってんだよ!」
「……んん? 年のせいか、よく聞こえんのぉ」
「だからぁ!」
いよいよ少年は、詰め寄って声を荒げる。
すると紫水さんは、ポケットから一つの魔宝石を取り出した。
「どうしても行くというのなら、これを持っていくといい」
「なんだよそれ、いらねえよ!」
「年寄りの言うことは、聞いておくものじゃ」
そう言って強引に、その手に魔宝石を握らせる。
「ダンジョンで今日まで生き残ってるジジイのお守りじゃ。よく効きそうじゃろ?」
「チッ」
『聞こえない』で押し通してくる紫水さんに、少年はため息をつきながら魔宝石を受け取る。
「ちゃんと持っていくんじゃよ?」
「ああ、ちゃんと売って準備代の足しにしてやるよ。見てろよ、新ルート踏破で急上昇動画に並んでやるからな」
「……ん? 今なんと?」
「いや聞こえてんだろ!」
最後にもう一つ叫んで、少年は去っていった。
「都合が悪くなると聞こえなくなる耳は、便利だなぁ」
「フォッフォ。都合が悪くなるとよく見えなくなる目に、体調不良を起こす身体も持っておるぞ」
めずらしい形の、ひと悶着。
しかし紫水さんはそう言って、得意げに笑った。
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