12.試食会
「それじゃあ、始めるよ」
ダンジョンから戻った陸さんは、さっそくベースに作った調理場へ。
軽トラ一つで運んできた、前の店の機材が並ぶその空間。
包丁等の道具は、アタッシュケースの中だ。
材料に魔物を使うという事で、ダンジョン製の鉱物を使ったものもあるんだとか。
「さあ、調理開始だ!」
今回は、ミノタウロスを使った料理。
陸さんは慣れた手つきで、調理を始める。
「だ、大丈夫なのでしょうか」
「牛の魔物だし、理屈は分かるけど」
少し緊張の面持ちを見せる、六花と千早。
それも当然で、俺たちは魔物の料理を食べたことがない。
まだ「そんな可能性もあるもの」くらいの感覚だ。
「それにしても、本当に雰囲気あるなぁ」
用途別の包丁を使い、手際よく調理を進める陸さんに、思わず目を見張る。
一品目の完成は早かった。
「まずは、こいつから」
陸さんが出してきたのは、鉄板皿に乗った厚めのステーキ。
「うわ、これはうまそうだな……!」
思わずノドが鳴る。
焼きたての厚いステーキは、今も小気味よい焼き音を立てている。
さっそくナイフで大雑把に切って、そのまま口に放り込んでみる。
「っ!?」
「どうだい?」
「美味い! それにこれ、探索者が好きなやつだ!」
「そうなんだよ」
とにかく『肉を食べてる』って感じを満喫できる、この歯ごたえ。
固いのがいいわけじゃない。
でも肉に歯が潜りこんでいくようなしっかりとした噛み応えこそが、こういう肉の醍醐味の一つ。
これはたまらない!
わずかに赤色が残った焼き具合のため、噛めば肉汁が口内にあふれ出る。
肉独特の風味もしっかりしているけど、【ダンジョンペッパー】の弾ける一瞬の辛味も最高だ。
「『肉を食った』感を、これだけ感じられるってのは最高だな!」
「おいしいです……っ!」
「本当ね」
俺の顔を見て、さっそく一口試した六花と千早も、思わぬ美味しさに感嘆している。
「やっぱりあれだけの巨体を操るわけだから、しなやかでいい肉してるよ」
そう言って陸さんは、楽しそうに笑う。
これは間違いなく、探索者を集めるメニューになるぞ。
「そして、次はこいつだ」
続けて陸さんが出してきたのは、小ぶりなステーキ。
でも、見るからにさっきのものとは雰囲気が違う。
焼けた肉の照りが、とても魅惑的だ。
俺たちは躊躇することもなく、出されたサイコロ大の肉を口に入れる。
「「「っ!?」」」
三人、思わず顔を見合わせてしまう。
「う、うまっ!?」
「おいしいです……!」
「すごいわね、これ……」
「そうだろう? 赤身の部分に網目状に入っている脂肪をサシっていうんだけど、その細かさは見事なものだよ」
細かな脂肪が満遍なく入っているせいなのか、こっちは歯がすっと肉に入っていく。
おそらくこれが、『溶ける』って感じなんだろう……!
しかも味もグッと濃密で、そこに脂肪が混じることでまろやかにもなってる。
ミディアムレアの焼き加減が活きていて、最高の一品だぞこれ!
「新しい店を出せたら、こいつは看板メニューになるかもしれないね。しかも一頭からたくさん肉が取れる。ミノタウロスは最高の食材だよ」
手ごたえを感じているのだろう。
陸さんはうれしそうに、大きくうなずいた。
「間違いないな、これは」
「間違いなさそうですね」
「……どうして私を見て笑っているの?」
「そりゃ千早が、口の周りに肉汁をつけてるくらい夢中だからだよ」
「っ!?」
俺が指摘すると、慌てて千早が口元を拭う。
「そうそう、ダンジョン内には果実をつけてる植物もあるだろう? あれでサングリアみたいなものを作ったんだよ」
そう言って陸さんが、特区じゃなきゃできない自作の酒を注いだグラスを出してきた。
橙と赤色のグラデーションが綺麗な一杯に、俺たちはまた目を奪われる。
「私、初アルコールです……!」
真面目な六花は、これまでアルコールを含む菓子すら食べたことがないらしい。
でも二十歳を迎えたという事で、それも解禁だ。
「……おいしいですっ」
「そうでしょう? ほら飲んで飲んで」
「いただきます」
「はい、おかわりね」
「いただきます」
「もっともっと」
「いただきます。こんなに飲めちゃうんですね。もう一杯くださいっ」
「もちろん、はいどうぞ」
程よい甘さがたまらない、ダンジョンカクテルを次々に飲んでいく六花。
余裕の笑みを向ける。
「私、お酒に強いのかもしれませんっ!」
「あ、六花ちゃんのはノンアルのやつだった」
「ぶふーっ!」
完全なドヤ顔を決めた後、知らされたまさかの事実。
「「あはははははははっ!」」
真面目で清楚な感じすらある六花が思わず噴き出したのを見て、千早も笑う。
「千早は、普段から飲む方?」
「私は二十歳になった瞬間から、全てから逃げるように飲み始めたわね」
「……あっ」
これは明らかに、ブラック環境からの現実逃避のため。
「なんかごめん」
遠い目をしながらグラスを傾ける千早に、思わず申し訳なくなる。
「やっぱり僕は……皆で美味しい物を食べて、楽しそうに笑ってくれるこの瞬間が好きだ」
そんな俺たちを見て、陸さんは笑う。
「今はまだ店を持てる感じではないけど、最高のメニューを作って、いつか必ず……!」
「これなら明日が、楽しみだなぁ」
俺がそう言うと、陸さんは静かにうなずいた。
「ああ。そのための第一歩になるね」
◆
新しい店を持つための、第一歩。
陸さんはこの日、商業地帯の一角を借りて一日限定の店を出す。
探索者が気軽に立ち寄れるよう、路面席を作る形で。
もちろん、この付近には探索者用の飲食店もある。でも。
「……ミノタウロスのステーキ?」
今はまだ物珍しさの方が強い、食材としてのモンスター。
興味はあるけど、踏み出せずにいるって感じの空気。
それを変えたのは――。
「ステーキ二種、どっちもおねがいしまーす」
新たなネタに獰猛な、三人組のダンジョン配信者だった。
「ステーキ二種盛り。少々お待ちください」
オーダーを受けた陸さんは、手早く調理を行い配信者のもとへ。
「熱いのでお気を付けください」
「これ、本当にミノタウロスの肉なんですよね?」
「はい、新鮮な肉を使ってますよ」
そんな軽快なやりとりの後、配信者はステーキに画角を寄せた。
「見てください、これは食欲をそそりますねぇ……!」
「ですがこの肉は、ダンジョンの強敵ミノタウロスの物! 果たして味の方はどうなのか!」
「それではいざ、実食!」
配信者たちは画角を引いて、同時にミノタウロスの肉を口に運ぶ。
「「「っ!!」」」
そしてその目を、大きく見開いた。
「うまっ!?」
「なんだこれ! この価格で出していい味じゃないぞ!」
「歯ごたえ十分、でもしっかり嚙み切れて、苦も無く飲み込めるこの感じ!」
「こっちは高級なサシのステーキだ! 柔らかすぎて溶けてくみたいだぞ!」
素直な三人のリアクションは、付近で様子を見ていた探索者たちを焚きつけた。
「お、俺もステーキを!」
「こっちも頼む!」
「私もお願いします!」
席は取り合いの速度で埋まり、すぐに待機列が形成され始める。
「うっま! マジかよこれ!」
「こんな上手い肉、初めて食べた!」
「ミノタウロスを打倒して、ここまで持ってくるのは大変だろうに……」
次々に上がる、歓喜の声。
「このまま店をやってくれ!」なんていう声も続々と上がり始める。
「それじゃあ、お願いしてもいいかな」
「「「はいっ」」」
そして人が増えれば、足りなくなる人手。
俺たちも店の手伝いを始めて、回転を上げていく。
店はそのまま、わずか二時間ほどで予定数の販売を完了。
圧倒的な盛況で、幕を閉じた。
そしてその光景を撮った動画は人気を博し、魔物料理という可能性、そして五十嵐陸という料理人を、探索者たちに知らしめたのだった。
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