11.五十嵐陸とミノタウロスの可能性
「陸さん、来ましたよ」
「ああ、悪いね響介くん」
俺を待っていたのは、五十嵐陸。
ベースのメンバーである、一人の男。
レザージャケットにブーツというバイク乗りのような恰好に、整えたヒゲ。
少し長めの髪を大雑把に流した姿は、ちょっとダンディーさを感じる、男に好かれる男って感じだ。
確か今年で36歳だから、俺より年上になる。
「よいしょっと」
共用部分の家具を磨いていた陸さんは一息つき、こちらに向き直る。
「今日はいよいよ、ミノタウロスにいこうと思うんだ」
「ついに来た……!」
互いにダンジョン行きの準備を、終えた状態での待ち合わせ。
俺たちはベースを出ると、そのままダンジョンに向かう。
陸さんがミノタウロスを狙うのは、『魔物を使った料理』を作るため。
要するに今日は、『仕入れ』に向かう形だ。
「やっぱり戦いが前提だと、響介くんと一緒が安心だからね。機動性、攻撃力、判断、どれをとっても一級品だ」
「ほめ過ぎだよ」
「いやいや、僕の見立てでは響介くんなら攻略組でもトップを張れる。頼もしさが違うよ」
そう言ってほほ笑む。
うーん、相変わらずハンサムだ。
「ミノタウロスが、看板メニューになるようなものだといいんだけどねぇ」
期待を高める陸さん。
「前の店の借金もあるから、そう簡単に新店舗なんて出せないんだけど。やっぱり夢だよねぇ」
「他所からの執拗な圧力がなければ、今も上手くやってたはずなのに。酷い話だよなぁ」
陸さんが前にやっていた店は、評判も良く人気だったらしい。
でもその区域が『稼げる』と知りやって来た大物経営者が、店を乱立。
さらには食材の流通にまで圧をかけて、営業を妨害。
その一帯で人気だった陸さんを追い詰めて、部下として引き込もうなんて真似を仕掛けてきたのだとか。
その結果陸さんは泣く泣く店を手放し、借金が残った。
それが、俺と出会う前の流れだ。
「でもそのおかげでダンジョンに可能性を見出せたし……何より響介くんたちと出会えたんだから、悪くないよ」
そう言って陸さんは、優しい笑みを浮かべる。
食材としての魔物。
元々は数年前、攻略組からはぐれた探索者が、生き死にのかかる状況で仕方なく食べたのが初まりだ。
味は、かなり美味かったらしい。
それから色々と調査をしたところ、実はダンジョン内にはおいしい魔物もいるようだ。
さらに植物にも野菜のようなものや、香辛料にもなるものが見つかっている。
陸さんはそこに目をつけ、特区でも類を見ないダンジョン産の料理で、第二の挑戦をしようとしている。
「来たね、九階層」
たどり着いた九階層には、赤茶けた石壁の続く迷宮のような区画がある。
完全に中級者向けとなるこの場所には、探索者を恐れさせるミノタウロスが数多く徘徊している。
「さっそく来たよ、響介くん」
陸さんが足を止め、息を飲む。
続く道の先には、長い二本の角。
重たい石剣を引きずる、大型の雄牛モンスター。
こちらに気づくと、石剣を握り直して咆哮を上げる。
「ブォォォォォォォォ――――ッ!!」
身体を震わせるような猛烈な雄叫びと共に、砂煙を上げて突進を開始。
まず気を付けたいのは、この単純な特攻だ。
それこそ闘牛のような勢いでのタックルは、意外とかわしづらい。
そしてその威力は、トラックにぶつかられるほどの衝撃らしい。
「でも。そうやって頭を下げての突進なら、回避は問題なし!」
俺は跳び、そのままミノタウロスの背中に片手をついて飛び越える。
「さすがだね……!」
この時点で距離を取っている陸さんに、危険はなし。
ミノタウロスは振り返り、手にした石剣での攻撃に入る。
右から左への強烈な振り払いを、俺はしゃがんでかわす。
そして『返し』の低い払いを、今度はジャンプ一つで回避。
「ブォォォォォォォォ――――ッ!!」
三発目は、全力の振り降ろし。
砂煙と共に、地面に突き刺さる石剣。
俺はこれを右へのステップ一つで避けて、スキルを発動する。
「ここだ! 【チェンジ】!」
手にしたのは【ダンジョン・エクスプローラー】の一つ、対大型魔物用ハルバード。
「そらぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」
全力の振り降ろしで下がったミノタウロスの頭部に、振り抜く形で叩きつける!
するとミノタウロスはよろめき、足元を大きくふらつかせた。
「今だ!」
「オーケー、準備はできてるよ!」
生まれた隙を突き、駆けつけてきた陸さん。
その手を伸ばし、スキルを発動する。
「――――【収納】!」
直後、巨体を持つミノタウロスが頭と脚の一部、手だけを残して一瞬で――――消え去った。
この場に残ったのは頭部と足先、そして片手のみ。
「ありがとう。うまくいったよ」
「やっぱり反則だよなぁ、そのスキル」
陸さんのスキルである【収納】は、外部の影響を受けない空間に物品を送り込むというもの。
ただ恐ろしいことに、その範囲から出ている部分は容赦なく切断される。
そこにあるのが岩石でも、ミノタウロスのように強力な魔物でも。
「あはは、ただ僕自身は魔力係数300ちょっと。大して高いわけではないからねぇ。僕からしてみれば、ミノタウロスを【収納】しやすく翻弄する響介くんの方が、よっぽど反則だと思うけどね」
そう言って、苦笑いする陸さん。
確かに陸さん一人で戦闘となると、左右から魔物が同時に来たら厳しい。
二つ同時には、【収納】を展開できないからだ。
でも魔力係数にどれだけ差があろうが、優先されるのはスキルの効果。
【収納】は、やっぱり反則だ。
「いやー、気を使うよ。良い『部位』を傷つけないように切断しないとだからね。やっぱり響介くんの『崩し』は最高だ」
「魔物相手に部位って言葉を使うのは、陸さんだけだよ」
俺たちは笑いながら、帰宅の途に就く。
今、陸さんの【収納】の中には、ミノタウロスの本体が入った状態だ。
そしてこの空間内は、時間の感覚が違う。
そのため、深い階層で手に入れた魔物の肉を、新鮮なまま持ち帰れる。
これが、すごく大きい。
持ち帰るには、大きすぎるミノタウロス。
帰り道にモンスターに襲われることもあるし、時間がかかれば鮮度も落ちる。
もちろん一度この場に残して帰り、後で取りに来ようとしても、ダンジョンによる吸収が始まってしまう。
よって魔物の肉を食材として安定供給できるのは、陸さんくらいのものだ。
「それじゃあ帰ろうか」
「陸さん、魔石を忘れてるよ」
「おっと、これは失礼」
なぜ俺たちはこうも、魔石を置き忘れてしまいそうになるのか。
まあ俺も【ミノタウロスの石剣】がドロップしたら、忘れていたかもしれないけど。
今度は笑いしながら、来た道を戻る。
仕入れを早々に終わらせて、意気揚々と進む八階の途中。
「響介くん! ききき来たよ!」
叫んで、慌てて俺の後ろに隠れる陸さん。
見えたのは、立ち塞がるアンデットの一団。
「大丈夫。ミノタウロスに比べれば雑魚だから【チェンジ】」
俺は集まってくるアンデットに、【ソードソニック】の連発を叩き込んで瞬殺する。
「も、もう大丈夫かい?」
「ちゃんと壊滅させたよ」
「いやぁ、ありがとう。どうも昔からお化けとかゾンビとか、こういう類は苦手でねぇ」
陸さんはそう言って、安堵の息をつく。
「こういうのを見ちゃうと、お風呂に入った時に頭を洗うのが怖くなるんだよ」
「俺よりさらに年上だよね?」
「やっぱり響介くんは、頼りになるよ」
まだ俺の後ろにピッタリくっついている陸さんに、また笑う。
「……ミノタウロス、どんな味がするのかなぁ」
「そこは任せてくれていいよ。早く帰って、調理に入ろう」
こうして俺たちは、帰り道を急ぐのだった。
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