10.トレード
「おや?」
エリフラの木を買いに、店に戻った千早。
そこには、紺のジャケットを羽織った一人の男がいた。
「あなたたちも、このエリフラの木を?」
「そうだけど」
「そうですか。では私は――――」
まさかの、同じ商品を狙うライバル。
男は紙にササッと金額を書き、店主に提出する。
「この額で買わせていただきましょう。他の商品の買い付けもありますので、後ほどまた来ます……エリフラの木は、私がもらいますよ」
そう言って俺たちに『挑発的な笑み』を浮かべた後、携帯電話を取り出し外に出て行った。
「どういうことでしょうか」
さっさと出て行った男を見て、六花が首を傾げる。
「あれは外のコレクターに雇われて来た、代理人かな。こういうのは大体『指定の金額内で』っていう形で買い付けにきてるんだよ。携帯は『ライバルの登場と、買い付け上限額の引き上げ』を確認するためだろうなぁ」
エリフラは俗に言う『状態異常』に効果のある葉を生やし続けるから、それを求めて欲しがる者もいるだろう。
「金額、見せてもらってもいいですか?」
俺は頼んで、男が残していった紙片に書かれた金額を確認。
「また、後で来ます」
そう言い残して、店を出た。
「トレードを狙ってみよう」
「それはなぜ?」
さっそくの提案に、千早が問う。
「提示金額を見るに、相手は結構な道楽者だよ。オークションみたいな形で勝負するべきじゃない」
そう言って取り出したのは、先日千早と手に入れた【オーガの魔石】
元金はこいつだ。
「ただ、これじゃトレードを持ちかけるには弱い」
向かうのは、マーケット。
ここで魔石を、別のものに変えたいんだけど……。
「……ん?」
そんな中で見つけたのは、全体的に価格が安い一つの露店。
「すみません、トレードいいですか?」
「トレードかぁ……」
渋った態度を見て、俺は一つの確信を持った。
「【オーガの魔石】と、この【魔物避けのペンダント】でどうですか?」
「……なるほど。それならまあいいか」
上手くいった。
こうして俺は魔石を【魔物避けのペンダント】に換えて、さらにマーケットを進む。
「最初は渋っていたように見えたけど」
「彼は手っ取り早く現金が欲しかったんだろうね。だから全体的に安価だった。魔石はひと手間いるけど即現金に換えられるから、ギリギリでトレードが成り立ったんだよ」
「そうだったの……よく気づいたわね」
感心する千早。
これで元手の魔石を、一回り程価値の高いものに換えられた。すると。
「君、よく武器を見て回ってるよね?」
声をかけてきたのは、商人の男。
「それって【魔物避けのペンダント】だよね? そこで相談なんだけど、この【ゴブリンリーダーの剣】と交換しないか?」
「……見せてもらっても?」
「もちろん」
俺は手に取った【ゴブリンリーダーの剣】を、じっと観察する。
「この型はかなりめずらしいから、貴重なんだよね。金額的には僕が少し損なんだけど、武器の売買には詳しくないからさ」
「分かった」
俺は言われるまま、交換に応じる。
「ありがとう。それじゃあペンダントはもらっていくよ」
男はトレードが成立すると、さっさと立ち去っていった。
「武器の方が、トレードには不利ですよね?」
六花が、不思議そうにたずねてくる。
「売買の活発さを考えると、そうなるな。しかもこんな【ゴブリンリーダーの剣】はない。これが本物ならただ形が悪いだけだ。どう考えてもペンダントの方が高価だよ」
「それって、騙されたってことですか!?」
「いや。あの商人はうまいことやったつもりなんだろうけど、実はそうじゃないんだよ」
「どういうことですか?」
「形の悪いだけのものを、めずらしい【ゴブリンリーダーの剣】という体で交換したわけだけど、実はこれ【コボルトの剣】なんだ。この二体の武器はよく似てる。そしてこいつは、素材としての価値が高い。【魔物避けのペンダント】より二回りほど上だ」
「す、すごいですね。そこまで考えていたんですか……」
俺はこの剣を持っているから、よく知っている。
【コボルトの剣】の素材価値は、刃の修復。
これをもとに武器を作れば、刃こぼれしても自動で傷が消えていくという便利なものになる。
さすがに武器を使って俺から巻き上げるようっていうのは、考えが甘い。
「そしてこいつなら、狙いの商品に手が届く……!」
俺はマーケットを進み、以前から目をつけていた一軒の露店に声をかける。
「トレードを申し込みたい。その彫刻刀と【コボルトの剣】を交換しないか?」
「いいだろう」
露天商の返事は、早かった。
彫刻刀なんていう変わり種は、早々売れるものじゃない。
そんなものをマーケットの端で広げていても、長い在庫になるのは目に見えてる。
その点【コボルトの剣】は、回転が速い。
「よし、これで勝負だ!」
俺たちは店に戻り、エリフラの木の買い付けに入る。
するとそこに、ちょうどバイヤーの男もやってきていた。
「おや、これはいい。ちょうど勝負がつくところだよ」
そう言って男は、あえて俺たちに聞こえるように宣言する。
「エリフラの木に、300万出します」
「「「っ!?」」」
容赦のない価格に、さすがに驚愕する。
やっぱりそうだ!
このバイヤーを寄こした道楽者は、金に糸目をつけないタイプだ!
「悪いね。これも商売だ」
そう言って、勝利を確信した笑みを見せるバイヤー。
「ところで君たちは、いくら持ってきたんだい?」
気分は完全に、ウィニングラン。
これ以上ない余裕を見せながら、問いかけてきた。
「いや、俺が持ってきたのは金じゃない」
「へえ」
いよいよ、笑みが止まらなくなる男。
「俺たちは、トレードを申し込むよ」
「あはは、何を出すつもりなんだい?」
「出すのはこの――――【真剛金の彫刻刀】だ」
「彫刻刀? あははははっ! それで勝負するつもりかい?」
男は笑って、ため息交じりに振り返る。
「どうやら語るに落ちたみたいだね。店主、どちらの話を受けますか?」
「【真剛金の彫刻刀】とのトレードをお願いします」
「…………は?」
まさかの言葉に、バイヤーが硬直する。
「な、何を言っているんですか? こちらは300万の提示ですよ?」
「はい。確かにこの彫刻刀は、金額だけでいえば20万30万でしょう。ですがこの品、ここで手に入れなくてはもう二度と出会わない可能性が高いです」
「数が少ない? そんな理由で?」
「いえ。真剛金はとても高価な素材で、武器にされることが多いのですが、それで細い彫刻刀を作るのは難しい上に『奇人』の発想です。こんな極めて流動性の低い商品を作る人は、めったにいない。ですが、だからこそ魔宝石作家として、これだけ使い勝手のいい道具を見逃すわけにはいかないんです」
攻略組のような上位層が好んで使う【真剛金石】は、鋭く硬い。
魔宝石の工芸がしたくて特区にやって来た職人なら、ダイヤも削れる真剛金の道具が欲しいのは当然のことだ。
「こだわりのある人ほど、道具を選ぶ。いくら金を持ってても、目当ての商品がなければ永遠に買うことができないからね」
もう会えない可能性、足で探す必要性、かかる時間を考えたら、見逃すことはできないんだよ。
そして職人なら、良い道具はそのまま『稼ぎ』を生む。
いっそう、一時的な金に振り回されることはない。
「こ、こんなことが……」
バイヤーの男は、足をフラつかせながら退店。
こうして無事、エリフラの木は俺たちが手に入れることになった。
「響介さん、お見事でした!」
「本当に、鮮やかだったわ」
二人は驚きと歓喜の混ざった表情で、俺を見る。
「大したことじゃないよ。まあ普段からマーケットを観察しておくのが、大事ってことだな」
「一期一会ってやつね」
「そういうこと」
俺たちは手に入れたエリフラの木を抱えて、ベースに帰還。
「また助けてもらったわね。ありがとう」
クールに礼を言って、エリフラの木を部屋に運ぶ千早。
俺たちは一息ついてから適当に飲み物を作り、千早の部屋に持っていく。
「コーヒー淹れたぞー」
「千早さんも、一緒にどうですか?」
そして六花と共に、部屋のドアを開けると――。
「かわいいわ! こっち、こっちに目線をちょうだい!」
狂ったように写真撮影をする、千早の姿があった。
「マジシャンフクロウはこの大きな目がいいのよね! 首を傾げた姿がたまらない……っ!」
エリフラの樹にとまるフクロウに、とんでもない速さでシャッターを切りまくる。
この十秒ほどで、何百枚撮ってるんだ……?
「ああもうっ、どうしてこの子はこんなにかわいいいのっ!? 食べてしまいたいわっ!」
「千早」
「ッ!?」
「コーヒー淹れたから、ここに置いとくな」
俺はそう言って、デスクに淹れたてのコーヒーを置いた。
「熱くなっている千早さんも、とても可愛かったです」
そう言って、笑う六花。
「…………」
千早はそっとカメラを持ち上げて、赤面した顔を隠すのだった。
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