1.能無しの覚醒
ロールプレイングのゲームで遊ぶ時、人間という生き物は二つに分かれる。
普通に強くなってクリアできれば十分派と、ゲーム内に出てくる武器をすべて揃えないと気が済まない派だ。
俺、佐藤響介は完全に――――後者だった。
256分1のスティール、512分の1のドロップ、1024分の1で手に入るという攻略本の嘘情報。
子供時代の俺は、その全てをやり尽くした。
「……苦行って言われる武器集めも、まるで苦じゃなかったもんな」
初期装備のショートソードから、最強武器までがズラリと並んだアイテム欄が大好きだ。
名前と攻撃力、そして短い説明文だけでも最高にときめいてしまう。
攻略本や資料集に書かれた武器のイラストなんかは、何千何万回と見つめた。
でも、それだけじゃない。
「良い武器には、相応しい防具が必要だ」
だから防具の入手にも、手を抜くことはなかった。
そんな俺だから、トーキョー湾に生まれたダンジョンの配信映像を見た時も、周りとは少し反応が違っていた。
「あの剣、カッコいい……」
誰もがダンジョン攻略者の激しい戦闘に憧れる中、使っている武器しか目に入らなかった。
ダンジョンで得られるファンタジーな武器は、最高だ。
ちなみにダンジョン特区では、武器の所持使用が『違法』にならない。
もう、居ても立ってもいられなかった。
この時から俺は、いつか探索者としてダンジョンに挑み、『本物の武器』をコレクションするんだと決めていた。
そんな俺だけど……現実は甘くない。
「ついに、この時が来てしまったか……」
トーキョー湾に突如として生まれた、巨大なダンジョン。
そこには伝承で語られたような魔物と、様々な未知の資源があった。
そしてその攻略は、紆余曲折を経て『探索者』たちに託されることになった。
一番のポイントになったのは、数か月や数年程度で攻略できる規模ではないと発覚したことだ。
膨大な人数や時間が必要と分かったところで、攻略は民間のものに。
孤島状態のダンジョンの周りには、独自の社会が形成された。
様々な形で、一攫千金がなせる場所。
そんな非日常に魅入られた者は日ごとに増え、迎えた大ダンジョン時代。
「これが、最後のアタック」
ダンジョンの入り口前で、思わず息をつく。
かつて配信で見て憧れた『剣』を、この手につかむ。
そしてズラリと並べた武器コレクションの天辺に、その剣を置く。
そんな夢を抱いて、十年間挑み続けたダンジョン。
でも探索者稼業は、今日で引退だ。
「能無し、かぁ……」
ダンジョン産の【開花の実】を食べると、人は『スキル』や『魔法』と呼ばれる特殊能力に目覚める。
そしてそのスキルを使って、ダンジョン特区での稼ぎ方を考えるのが基本だ。
しかし稀に目覚めが遅い者や、目覚めない者もいる。
そんな悲しい志望者は、『能無し』と呼ばれる。
残念ながら俺は、その能無しだった。
スキルは、特区で生きるための才能そのもの。
それがない以上、ダンジョンでは食っていけないのだ。
「今日、目覚めてくれてもいいんだぞ」
優秀なスキル持ちはどこでも人気で、絶え間なくパーティに勧誘される。
一方能無しの二十八歳を、入れてくれるところなんてない。
だから今日は、一人ぼっちの卒業式だ。
「あらためて、十年やって三階層はヤバいよなぁ……」
俺は毎回、何か起きてくれないかとルートを変えている。
明るく、草花も多く見られる一階層。
多くの木々が出てきて、森のような様相を見せる二階層。
そして、岩場が多い三階層に到着。
戦闘系のスキルがあれば、数か月でたどり着ける場所だ。
でも自分の力ではどんなに進んでも、ここ三階層の終わりまで。
卒業の時は、あっという間にやって来てしまった。
「俺の探索は、これで終わりか……」
もう二度と見ることのない光景を、惜しみながら。
俺は少し遠回りをして、人気のない岩場の方へと進んでいく。
「きゃあっ!」
「なんだ……?」
聞こえてきたのは、女性の悲鳴。
俺は思わず、駆け出していた。
すると岩場の道にいたのは、転倒した状態の少女。そして。
「リザードマン!? どうして三階に!?」
リザードマンは五階層から出始める魔物で、別名を『中級者殺し』という。
高い身体能力から放たれる剣技は、ダンジョンに慣れて調子に乗り始めた中級者に効果的。
探索者にとっては、一つの壁になる存在だ。
それがこの階に出るのは、『イレギュラー』で間違いない!
勝利を確信し、ゆっくりと迫るリザードマン。
恐怖に、後ずさる事しかできない少女。
「助けないと」
優位が取れる要素のない状況。
俺にとって、リザードマンは圧倒的な強敵。
要するにこれは、無謀な戦いだ。
それでも……放って帰るわけにはいかない!
「最後の舞台が、危機にある女の子を助ける戦いってのは悪くないだろ……ッ!」
俺は自分を奮い立たせ、愛用の鉄剣を手に走り出す。
縮まっていく距離。
「気づかれた……っ!」
俺の接近に、リザードマンが気づく。
でも、先手はもらうぞっ!
「オラァァァァァァァァ――――ッ!!」
しっかり踏み込んで、繰り出す振り下ろし。
リザードマンはこれを剣で受け止め、互いに弾かれる形になった。
俺はそのまま攻勢を続け、ぶつかり合う剣から火花が散る。
すると突然跳び下がったリザードマンは、大きく剣を振り払う。
「来た! 【ソードソニック】!」
飛来する、対人用の斬撃。
この強力なスキルが、最初の壁と呼ばれるゆえんだ。
同時に俺が格上のリザードマンに勝つには、ここを突くしかない!
しゃがみ込んで、斬撃をやりすごす。
そのまま、短距離走のスタートのような形で特攻。
振り抜いた状態のリザードマンの剣が戻る前に、刺突で勝負を付ける!
剣を持つ魔物の動画は、何百回何千回と見てきた。だから。
「返す刃が来る前が勝負所なのは、とっくに把握済みなんだよ――っ!!」
放った刺突は見事に、敵の胸元を貫いた。
俺はそのまま、蹴りで強引に剣を引き抜く。
「やった!」
倒れ伏すリザードマンに、思わずあげる歓喜の声。しかし。
「ま、まだですっ!」
「なっ!?」
見えたのは、俺を狙って特攻してくるリザードマン。
「もう一体いたのかっ!」
二体同時イレギュラーとか、最悪にもほどがあるだろ!
「くっ!」
放たれる、剣の振り上げ。
防御には成功したものの、俺の剣は弾き飛ばされ転がった。
二体目のリザードマンは剣による攻撃を、容赦なく繰り出してくる。
もはや防戦ですらない戦いに、俺はその場に転倒してしまう。
「っ!?」
するとリザードマンは、跳んだ。
高い跳躍から振り下ろす剣の迫力に、尻を突いたまま後ずさる。
「……ん?」
すると下がる手が、何かにぶつかった。
見ればそこには、先ほど倒した【リザードマンの剣】が残っていた。
「『ドロップ』か!」
斃した魔物が、ごく低い確率で残す装備品。
それを理解した瞬間、俺は【リザードマンの剣】を手にとっていた。
そしてそのまま――――全力で振り上げる!
「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇ――――っ!!」
その瞬間、広がるまばゆい輝き。
直後。剣から飛び出した斬撃が、空中のリザードマンを両断した。
まさかの勝利に、静まり返る岩壁の道。
「……どういう、ことだ?」
俺は混乱していた。
今のは完全に、リザードマンの【ソードソニック】だ。
でも、どうして俺が?
「あ、あのっ! ありがとうございます! 私、友達とはぐれちゃって、助かりましたっ!」
「…………」
「あっ、あの子です! 良かった、無事だ!」
深く頭を下げる少女。
でも、その言葉が全然入ってこない。
手にした【リザードマンの剣】
目覚めた謎のスキルと、飛び出した【ソードソニック】
分からない。
分からないけど。
「俺、行かないとっ!」
もう、居ても立ってもいられない。
おそらく、一体目のリザードマンを打倒したところで目覚めたんだ。
そうなれば【鑑定】持ちの人に依頼して、スキル名を調べることが必要になる!
俺は、走り出した。
「待ってください! せめて、せめてお名前だけでも!」
「これ? これは【リザードマンの剣】!」
「あ、そうではなくて――!」
俺は走る。
衝動に駆られて、狂ったかのように。
そして一直線にダンジョンを飛び出すと、そのまま【鑑定】を受けた。
その結果。
目覚めた俺が得たのは、武器に込められた敵の技を使用できるという変わり種スキル、【ソードアビリティ】だった。
そして、もう一つ。
【開花の実】を食べた後、目覚めが遅いほど急速に、そして大きく成長するという超レアスキル【大器晩成】だった。
苦節十年。
俺にとってダンジョンは宝の山になり、気づけば二年近くの時が過ぎていた。
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも「いいね」と思っていただけましたら――。
【ブックマーク】・【★★★】等にて、応援よろしくお願いいたしますっ!
本日は連続で投稿いたしますので、引き続きよろしくお願いいたします!