泡に隠れる君へ
僕は一つの夢を見た
誰かが水の中に立っている
近づいていくにつれてだんだんと顔が見えてくる
もうすぐしっかりわかるというとき、誰かは泡に囲まれ消えていった
何の変哲のない毎日
そんな中、君に出会った
高校2年になり、クラス替えがあった
隣の席になった彼女をみて、どこか違和感を覚えた
「よぉ、河見」
そう声をかけてきたのは昔から仲良しだった鹿江だった
今は話しかけないで欲しかった
昔から鹿江は空気を読むのが苦手だ
あいつが色々話しかけているが無視して僕は彼女を見続けた
「河見、あの人が気になんのか?」
そう聞かれて僕はビクッとなった
「ふ〜ん、そうか〇〇さんみたいなのが気になるのか」
「うるさい」
彼女の名前を聞いたはずなのにノイズがかかったように名前を聞き取ることができなかった
「喋る機会、作ってやろうか」
ニヤニヤしながら言ってくるので気持ち悪い
「いい、自分で話しかける」
「そうか、頑張れよ」
別の友達のところに行った鹿江を見送って僕は彼女に話しかけることにした
「で、まだ話しかけられてないと」
「うるさい」
放課後になっても僕は彼女に話しかけることができなかった
鹿江の言っていることはあっている
だからこそあっていることを認めたくなくて僕は足早に教室を出た
「河見くん、これ運んでくれない?」
教室を出た瞬間、尾田先生に声をかけられた
先生が運んで欲しいと言ったのはすごく大きな段ボールだった
「教科書とか入ってて運ぶの大変だったんだよ、あとよろしく」
最悪なことになった
結局、段ボールを運ぶのに30分ぐらいかかってしまった
「あれ、水筒がない」
教室に水筒を忘れてしまったみたいだ
普段は忘れることもないのに珍しい
教室に戻ると彼女がいた
「夢から〜覚めずに〜...」
美しい声だった
「生きて〜いきたい〜...」
ガタッ
彼女が驚いてこちらを向いた
「ごめんね、忘れ物をとりに来たんだ」
「.....こちらこそ」
それが彼女との初めての会話だった
それからとういうもの僕は彼女に話しかけ続けた
「昨日、何してたの?」
「...特になにも」
そっけない返事ばかりだったが最近少しずつ返事までの間が短くなっている
そんな変化が嬉しくて何度も僕は話しかけ続けた
「ねぇねぇ、聞いてよ」
「….なに?」
「親がさ、ずっと色々言ってきてうざいんだよね。君は関係なさそうだけど….」
バンッ!
「ごめん、帰る」
表情こそ変わっていないがどこか怒っているように見えた
そうして彼女は帰っていってしまった
次の日、僕は彼女に話しかけにいった
「おはよう!」
「…...」
彼女は僕を無視してどこかにいってしまった
僕は彼女を怒らせてしまった
「きれいに無視されてんな」
鹿江が話しかけにきたけどそんなのどうでもいい
彼女を怒らせてしまった…彼女を怒らせてしまった….
もう自分とは話してくれないかもしれない
それがものすごく怖くて僕は彼女を追いかけた
結局、彼女は僕を一日中無視して話すことができなかった
僕は嫌われてしまったのだろうか
ガッ
階段を降りている時、躓いってしまった
「きゃあああああ」
どこからか叫び声が聞こえてきた
….あぁ、僕は死ぬのかな。せめて、彼女に謝りたかった
次の瞬間、急にまわりが泡でいっぱいになった
気づけば僕は水の中の底にいた
まわりは何もなく、ただきれいな光が差し込んでいるだけだった
不思議と心が落ち着く
「ここはどこなんだろう」
少し歩いてみてもまわりの景色は何一つ変わらない
しばらく歩いていると誰かが見えた
夢の中で見たような人
なんとなく近づいていくけれどどんどん体が重くなってくる
あと少しのところでまた、泡が誰かを包んで消した
すると、上から何かが迫ってくる
それに触れられた瞬間、僕は元の場所に戻っていた
躓いて階段から落ちたが怪我はなかった
「なんだっただろう….」
「なにしてんの!」
振り返ると彼女がいた
「落ちていくのをみて、どんだけ怖かったと思ってるの!」
彼女は泣いていた
僕は彼女の表情が崩れるのを初めてみた
「ごめん、、、だから泣き止んで」
しばらく彼女は泣き続けた
「ごめんね、急に怒ったりして」
彼女は泣き止んだあと、すぐに謝ってきた
「….僕は初めて君が泣いているのみたよ」
今言うことではないのはわかっている
でも、言わないと気が済まなかった
「ねぇ、君はいったい何を抱えているの」
「…..」
僕がみたあの夢に人は確かに泡に隠れて見えなくなった
でも、僕は見えた
泡の隙間から泣いている君を
泡のように消えてしまいそうな君を
おそらく僕は何度もあの夢をみた
そしてずっと、忘れていた
「お願い、教えてくれ」
「…..わかったよ。でも、失望しないでね…..」
そうして彼女は話してくれた
昔、いじめにあっていたこと、親に虐待されていること
彼女が抱えているすべてを話してくれた
「ごめんね、こんな話をして」
僕はすぐに彼女の顔をみた
彼女は今にも泡のように消えてしまいそうな表情をしていた
「私、帰るね。バイバイ」
そう言って、彼女はどこかいってしまった
次の日、彼女は学校に来なかった
「今日、あの子来てないね」
そう僕は鹿江に話しかけた
「うん?誰のこと?」
「えっ、あの子だよ!いつも話してたあの…..」
彼女の名前を言おうとした途端、僕は言葉を詰まらせた
名前が出てこない….彼女の顔も思い出せない
「なんで….」
他の人たちはまるで最初から彼女はいなかったように振る舞う
僕はこのまま彼女を忘れしまいそうになっていた
「….ッ」
僕はそのまま走り出した
彼女と最後に話した場所に行けば、きっと会える
学校を抜け出して僕は夢中で走った
まわりなど何も見ずにただただ走った
「ついたッ」
彼女と最後に話した場所、そこはきれいな小川があるとこだった
だが、誰もいない
そこにはただポツンと小さな祠があるだけだった
藁にもすがる思いで、僕は必死に祈った
「お願い、、会わせてくれッ」
彼女と喋ったのはたった数ヶ月だった
でも、それだけでも、僕が彼女に惹かれるには十分だった
「お願いッ」
瞬きをした瞬間、僕はまた水の中にいた
遠くに誰かの姿が見える
その人を目指して走り続ける
近づくにつれて体が重くなっていく
そんなことはどうでもいい
少しずつ泡に包まれていく彼女に僕は必死に手を伸ばした
「ッつかんだ!」
勢いよく引っ張ると泡から抵抗を受けながら、彼女が出てきた
「宇須野さん!」
その時、激しくノイズがかかってわからなかったはずの彼女の名前が出た
彼女は僕に名前を呼ばれたことを驚きながら言った
「君は本当に私を隠れさせてくれないよね」
気づいたら、僕は祠の近くに寝そべっていた
隣には消えてしまっていたはずの彼女が寝息を立てている
「宇須野さん」
初めて呼ぶことのできた彼女の名前を嬉しく思いながら僕は彼女に笑ってみせた
「泡に隠れてしまう君を見つけるのは大変だったよ」
寝ている彼女の顔がどこか笑ったような気がした
それから、僕と彼女は仲良く過ごしていった
僕はあの後、告白してオーケーをもらい、付き合うことになった
彼女と初めて会った時聞いた歌はもう歌わないと彼女は言っていた
彼女の歌を聴くことができないのは寂しいが僕はただ守り続けよう
また、君が泡に隠れることがないように