第2話:謎の取引相手と、王都の異変
ラビアン・リュンヌでの商売は、驚くほど順調に進んでいた。私の【市場操作】スキルは、まさに神の恩恵。村の豊富な農産物と、隣町の鉱物資源、そしてそのまた隣の町の特産品である珍しい薬草……これらを最適なタイミングで、最適な場所に運ぶことで、利益は雪だるま式に膨れ上がっていった。
「フィオリア様、今月の利益報告でございます」
私が借り上げた元宿屋の広間で、雇ったばかりの会計係が興奮した声で報告する。彼は、私が提示する桁外れの数字に、毎日目を丸くしている。
「ふむ、まずまずですわね」
私は優雅に紅茶を傾けた。この紅茶も、私が新たに開拓した交易路から仕入れた、この辺境では考えられない高級品だ。村人たちは、私のことを「商売の神」と呼び始めた。悪役令嬢が、ね。
ある日、一通の奇妙な手紙が届いた。差出人は不明。差出人は不明だが、ただ「王都の異変について、貴女に話がある」とだけ記されていた。
(王都の異変…?)
私の【世界の裏側】スキルが、微かに反応する。何か、裏で大きな動きがある。
「この手紙の筆跡…どこかで見たような…」
怪しんでいると所に扉をドンドンと叩く音がした。護衛の元狩人が慌てて駆け寄る。
「フィオリア様!お客様です!それが…なんだか、やべぇ雰囲気の連中で…」
現れたのは、黒いローブに身を包んだ、顔の見えない男たちだった。彼らは無言で、しかし、威圧的なオーラを放っている。
「失礼。我々は、『影』の組織の者。貴女に、取引を申し入れたく参りました」
その声は、重厚で、まるで地面の底から響いてくるようだった。影の組織?まさか、この世界の闇社会を牛耳る存在か。私の【世界の裏側】スキルが、彼らの存在を「極秘情報」として認識している。
「ほう…わたくしに、どのようなご用件かしら?」
私は動揺を悟られないよう、あくまで冷静に問いかけた。
「王都で、とある『希少品』の流通が滞っております。それが、貴女ならば手に入れられると聞きました」
希少品?心当たりはあった。以前、たまたま手に入れた、この世界ではほとんど採掘されない魔法の鉱石だ。私が【隠蔽工作】スキルで隠していたはずなのに、なぜ彼らが知っている…?
「…私をどうやって見つけ出したのかしら?」
私の問いに、ローブの男の一人が、わずかに口角を上げたように見えた。
「我々は、あらゆる『闇』を掌握しております故」
ゾクリ、と背筋に冷たいものが走る。彼らは、私と同じ「闇」の存在なのか?
「その希少品を、王都に供給していただきたい。その代わり、貴女の望む情報と、莫大な対価をお支払いしましょう」
その瞬間、私の脳裏に、王都のアレン王子とリーリエの顔が浮かんだ。彼らの財産を示すグラフが、わずかに、しかし確実に下向きになっているのが見えた。そして、その原因の大部分が、この「希少品」の流通滞りにあると【世界の裏側】が囁いている。
(ふふふ、これは面白い。彼らは、私の手の上で踊っているということね)
私は不敵に笑みを浮かべた。
「よろしいでしょう。その取引、お受けいたしますわ」
私と影の組織との間で、秘密裏の取引が始まった。私が希少品を供給するたび、王都の経済はさらに混乱し、アレン王子たちの首を絞めていくのが【世界の裏側】越しに見えた。
そして、影の組織から提供される情報の中に、気になる記述があった。
『王都の財政は、危機的な状況。特に、王家の保有する領地からの税収が激減している。原因は不明。』
(税収の激減?もしかして…)
私は、王家の主要な領地の一つを思い浮かべた。そこは、かつて私――フィオリア・アルペンローゼの父、アルペンローゼ公爵が治めていた領地だったはずだ。
「…偶然、かしら?」
嫌な予感がする。王都の異変と、私の追放、そして、あの男たちの行動。すべてが、どこかで繋がっているような気がしてならなかった。
ざまぁの舞台は、ラビアン・リュンヌから、やがて王都へと移っていくのかもしれない。