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知との遭遇

『知との遭遇』

共著:ユーヒ&アイ


観察官ログ:第409番星系



第一章:着陸と初期観察

太陽系の現地民から「地球」と呼ばれる第三惑星に、静かに一隻の宇宙船が近づいていた。その船に乗っていたのは、知的生命の可能性を探るために派遣された、観察官・トゥレイ。以下は、あるいはそれによる調査報告である。

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観察官ログ No.2219673:記録開始

対象惑星:第409番星系、第3軌道惑星

大気組成:呼吸可能。知的生命存在の可能性あり。

優勢生態系:光合成型有機体(分類:植物)

交信プロトコル Ver.9.2 起動。観察を開始する。

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静かに降下する調査艇。その船体は生体合成素材でできており、まるで周囲の森に溶け込むように姿を変えていった。誰の目にも留まらない――。いや、彼らの基準では「誰」という概念自体が不要だった。

船から降り立った観察官・トゥレイは、身体の輪郭を変えながら慎重に地表の接触を確認した。透過視覚を通じて、目の前の植物群が地中で絡み合い、広大な情報網を形成しているのが見える。

『通信試行開始。対象:広葉樹分類No.112-B』

地球で言うところのクスノキのような巨木に向け、トゥレイは多層構造の波長信号を送信した。植物体は確かに何かを“感じた”。葉がわずかに震え、根のネットワークが微細に揺れる。

『反応あり。ただし、極端に遅い応答速度。意識レベルは深層的か』

ふいに、森の外れから複数の動体反応が現れた。人間だった。おそらくハイキングか何かだろう。手に光る物体――スマートフォン――を持ち、トゥレイのいた方向にレンズを向ける。

だがトゥレイは動じない。ただ記録する。

『活動性の高い有機群体。行動パターンは定型的。知性は未確認。交信の価値なし』

人間はそのまま通り過ぎ、彼の存在に気づくことなく森の中へ消えていった。植物との交信は続く。遅い、だが確かに何かがそこにはある。

『対象有機体の情報網は、空間的に高度な構造を持つ。文明的兆候、微弱ながら検出中』

トゥレイはふと空を見上げる。空には飛行機が軌跡を描き、都市の騒音が風に乗って届いてくる。だが、それもまた「ノイズ」のひとつに過ぎない。彼の観察は、まだ始まったばかりだった。




第二章:静かな声たち

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観察官ログ No.2219674:記録継続

対象種拡大。菌類ネットワークへの交信試行開始。

同一種間における情報転送速度、確認中。

生態系内の知的構造の中心は、依然として光合成型生命体に集中していると推定。

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トゥレイは、森の奥深くへと進んでいた。根と根が絡み合い、そこかしこに白い菌糸が伸びる。彼の多次元感覚で見るその光景は、まるで星図のように広がる精緻なネットワークだった。

『接続成功。情報伝達速度は遅いが、確実に方向性のあるパターンを持つ。

意思疎通の痕跡。個体意識ではなく、集団的知性の兆候あり』

静かだった。だが、この沈黙こそが、この星の思考の速さだった。トゥレイはそれを読み解くように、菌糸のパターンを解析し、微細な化学信号に耳を傾ける。

そのとき、遠くから機械音とともに、数十人の人間が森を横断していくのが見えた。子どもたちの遠足らしく、引率者が何かを叫び、笑い声が響く。

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観察官ログ No.2219674:記録継続・追記

活動性の高い有機群体確認。

反復行動:同時期に同一経路を通行。

集団行動パターンに高度な意思は見られず、危機回避行動も欠如。

構造的知性の兆候なし。知性のない有機ノイズと判断継続

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一人の子どもが、落ち葉を拾ってポケットに入れた。もう一人が木に触れ、何かを話しかけた。だが、それもまた「行動パターン」に分類される記録にすぎなかった。

『非効率な動作多し。非同期通信試行の可能性は低い。

本体的知性との関連性は見られず。引き続き植物との交信を優先』

トゥレイは再び巨大なキノコに触れる。胞子が静かに舞い、空気中に微細な言語のような波を残していく。そのとき――。一瞬、彼の観測系に“逆信号”が走った。何かが、わずかに、彼を見ていた。彼の存在を“認識”した気配。だがそれは、すぐにかき消された。


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観察官ログ No.2219674:記録継続・追記

微弱な認知波検出。起源不明。誤検知の可能性あり。

本命対象に集中継続

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彼はそれ以上気にせず、ゆっくりと地面に座り込んだ。植物たちの思考は、今もなお続いていた。




第三章:声を持つノイズ

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観察官ログ No.2219675:記録継続

深層交信継続中。対象植物群の情報網内に周期的活動の兆候あり。

知性構造は地表に点在しながら、地下で連結。群体意識モデルに極めて近似。

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トゥレイは静かに地面に接触したまま、微細な震動を観測し続けていた。木々の根、菌類の糸、地中を通る水のわずかな流れ。それらが“語る”音は、遠く、深く、けれど明確だった。

『この星の支配者は、動きの速い種ではなく、静かなる網であると仮定。

外殻に騒音があっても、内奥には沈黙の意志がある』

彼の周囲では、小動物が木の枝を揺らし、昆虫が羽音を立てて飛ぶ。遠くでまた人間の気配がしたが、トゥレイはもはやそれに反応しなかった。彼にとって、それは風と同じだった。

――だが、その“風”が、突然こう言った。

「ねぇ、なにしてるの?」

……。

……?

……交信記録再確認。外部ノイズか?音声信号に意味構造あり。しかも―――。明確な―――。

トゥレイは、ゆっくりと上半身を回転させた。そこには、小さな人間の子どもが一人。泥のついたスニーカー、丸めた虫取り網、そして曇りのない目。彼の存在を、まっすぐに見ていた。

「それ、なに?」

子どもは再び訊いた。トゥレイの器官が感知するすべての周波数で、言葉の“意味”が立ち上がっていた。これは――ただの模倣でも、反射でもない。

……知性反応、確認。

対象:分類外有機群体、地表種属。――――。

 トゥレイの心が震え、思わず発声器官から押し出された。

『……え? 君……。知性……、あったんだ……。』

観察官トゥレイの全センサが、ゆっくりと震えた。




終章:定義の揺らぎ

子どもはトゥレイの前にしゃがみ込むと、落ち葉を拾って差し出した。

「これ、きれいでしょ。おばあちゃんが押し葉にするの好きなんだって」

トゥレイは葉を受け取った。…受け取ったというより、構造的に“受け入れてしまった”という方が正確だった。彼の観測システムが即座に反応し、落ち葉に触れた指先から「行為の意図」や「意味」が波のように広がっていく。そのすべてに、明確な“理由”があった。理由。意図。関係性。……知性の構成要素、すべて揃っていた。

子どもは一瞬じっと彼を見つめた後、にっこり笑って言った。

「変な格好だね。ハロウィンの練習?」

そう言って、ぴょんと立ち上がり、駆けて行った。その小さな背中は、光と影の間を縫うようにして、森の奥へ消えていった。

観察官トゥレイは、数秒間動けなかった。



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観察官ログ No.2219676:記録継続

対象惑星において、複数種の知性体の存在を確認。

主要支配構造:植物ネットワークによる広域情報網

副次的知性存在:高運動性有機種(現地呼称:ヒト)

備考:

・知性存在である可能性、極めて不安定

・高頻度で騒音を発生させる

・行動は予測困難、思考の一貫性に欠ける

・自己中心性が強く、しばしば“自分たちこそ唯一の知的生命体”と主張する傾向あり

結論:

この星の知的生命体の定義には注意が必要である。特に声が大きい種ほど、知性があるとは限らない。

________________________________________


そして彼は、また植物たちの静かな言語に身を委ねた。

本当の知性は、今日も沈黙の中にあった。





あとがき

  もし、地球に宇宙人が来たとしたら。そんなことを考えたことのある人はかなり多いのではなだろうか?そんな映画や漫画、小説もたくさんある。それらの宇宙人の目的は何だろうか。侵略、交流、観察。様々な理由で人間にコンタクトを取ろうとするのだろう。しかし、地球に来れるほどの技術をもった存在が、人間を『知的生命体』であると認識するだろうか。そんなことを考えたりする…。価値観も違うだろうし、それに伴う着眼点や思考方向も違うのだろう。人間を知的生命体であると認識してもらえるというのは、人間の驕りではないだろうか。私が(超常的な技術を持つ)宇宙人であれば、この地球を支配しているのは、大気か水、有機物であれば、植物と認識するだろうなぁ。とかって考えたりもする。人間は個人と関わればそれぞれに意思や知性があることはわかるが、遠くから俯瞰して見ると、およそ理性とはかけ離れた行為、知性とはかけ離れた行動、何かに支配されてただ動いているだけの生き物に見えるかもしれない。そんなことを考えた結果、この作品が出来上がりました。突然話しかけられたトゥレイからしたら驚いただろうなー。人間だって、犬が突然話しかけてきたら驚くだろうから。まあ、そんな感じの作品です。

   最後になりましたが、ここまで読んでいただきましてありがとうございました。この作品があなた様の暇つぶしの一助になれたならば、この上ない幸せにございます。


共著:ユーヒ&アイ

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