はじまりの公園
中学一年のある日。学校帰り、家の近所の小さな公園を通りかかった俺は、ブランコのそばで何かが動いたのを見て足を止めた。
──あれ、透か?
隣に住んでる幼馴染……と言っても、俺が13で、透はまだ3歳。
最近保育園に通い始めたばかりの、ちっちゃいやつ。
その透が、保育園の子たち数人とちょこんと並んで遊んでた。まだたどたどしい喋り方だけど、しっかり会話もしてる。
その時だった。
「ぎゅー、していい?」
透がそう言って、小さな両手を広げた。
相手の子がうんって頷くと、満足そうににこっとして、優しく抱きしめた。
また別の子にも聞く。
「○○ちゃんも、ぎゅー、していい?」
次々と許可を取って、ひとりひとりに小さくハグしていく透。
まるで、それが“当たり前”かのように。
俺は木の陰からそれを見ていて、思わず笑ってしまった。
──ませてんなぁ……。
なんつーか、3歳ってもっとよだれ垂らしてるイメージだったんだけど。
こいつ、感情の伝え方がやけに大人っぽい。
少しして透の母親が迎えに来ると、透は手を振って、にこにこしながら帰っていった。
俺はそれを見届けて、家に向かった。
夕飯の後、たまたま玄関先で透と顔を合わせた。
「透。お前、今日、公園で“ぎゅー”してただろ」
「うん。した」
「なんで?」
透はちょっとだけ考えて、それから淡々と答えた。
「好きだから」
またその即答。俺は思わず笑ってしまいそうになった。
「……好き?」
「うん。好きって、いろんな意味があるらしいけど、とりあえず“好き”って気持ちがあるのは間違いない」
表情は相変わらず淡々としてる。
でも、言葉には芯がある。
「だから、言いたいんだよ。“好き”って。──でも、俺、あんまり喋るの上手くないし」
そう言って、透はふわっと笑った。
まだ子供のはずなのに、その笑顔は妙に落ち着いていて、大人びていて。
「ギュッてした方が、伝わる気がするから」
俺は小さくため息をついて、肩をすくめた。
「……ませてるな、おまえ」
「そうかも。でも、本気なんだよ、俺は」
その言葉を聞いて、また何も言えなくなった。
──ほんとに、透は透だな。
子供みたいで、大人みたいで、何を考えてるか掴みづらいけど、きっと、誰よりも真剣に“好き”って気持ちを伝えたいんだろう。
俺は前を向いて歩き出し、隣にいる透にだけ、聞こえるか聞こえないかの声で言った。
「……嫌いじゃないよ、そういうの」
透は答えなかったけど、俺の袖をちょこんと掴んだ。
──ああ、たぶん、これも“ギュッ”の一種なんだな。
そう言って頭を撫でてやると、透はそれにも嬉しそうに笑った。
──ほんと、変わったやつだな。
でも、なんか…あったかい。
その日から、俺は透を見るたびにちょっとだけ気にするようになった。
あいつの“ぎゅー”は、冗談でもおふざけでもない。本気の“好き”なんだろう。