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愛しいあなたと  作者: 飴とチョコレート
第1章 幼少期編
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無垢と静寂

土曜の午後。

初夏の陽がやわらかく差し込む庭で、樹は文庫本を片手に腰を下ろしていた。

視線は活字に落ちているが、耳は自然と隣家の騒がしさを拾っていた。


「ママ、好きだよ」


幼い声。でも、抑揚は少ない。

けれど、口元だけがわずかに緩んで、ふわりと微笑んでいるのが見えた。


それが、透という存在だ。


目は真っ直ぐで、感情を大きく動かすことが少ない。

小さな体にそぐわないほど、心は静かで落ち着いている。

けれどその分、一つ一つの言葉に重みがある。


「愛してるって、言葉だけじゃ届かないでしょ?だから、こうして伝える」


そう言って、透は自然と母親の肩に手を回し、淡々と抱きしめる。

あまりに迷いがなさすぎて、母親が一瞬驚いたように笑った。


それが透のやり方だった。


見返りを求めない。

ただ、自分の中の“愛”を、適切な形で表現したいと思っている。

それが家族であれ、友達であれ、時には──


「樹、ただいま」


家の前を通り過ぎようとした透が、樹を見つけて足を止める。

手には買い物袋、表情はいつものように無表情。けれど、目が一瞬だけ柔らかくなった。


「好きだよ、樹。会えると嬉しい」


淡々とした声。でも、その言葉には嘘がなかった。

ふわりと笑う。まるで光が差し込むような、短く儚い笑み。


「……お、おう」


返す言葉に困る。

これは子供の甘えでも、無邪気な感情でもない。

何か、もっと根の深い──“愛情”の一種だ。


透は、言葉よりも行動でそれを示す。

だが彼は分かっている。

自分の抱く“好き”が、家族愛や友愛、そして恋愛までも包む広さを持っていることを。

本来ならキスだってしてみたい、とさえ思っているかもしれない。

でも、それを今はしない。ちゃんと、我慢している。


“まだ”その時じゃないと知っている。


樹はページをめくる手を止め、透の小さな背中を見送る。


(……変なガキだよな、本当に)


けれど、その言葉の裏に、わずかな温かさと困惑が入り混じっていた。

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