質問コーナー
その夜も、透はぼんやりとパソコンの画面を眺めていた。
「またやってるな……」
画面の中では、樹がリスナーたちとゆるく雑談している。テーマも決めず、気の向くまま、まったりとした時間。
だが、その会話がだんだんと途切れがちになり――やがて、マイク越しに小さな寝息が聞こえ始めた。
【寝た】
【また!?】
【デジャヴ……】
【そろそろ恒例行事】
透は静かに立ち上がり、またしても樹の部屋へと足を運んだ。
少しだけ微笑んでしまうのは――やっぱり、自分がいないと駄目なところが可愛いからだろう。
樹のマンションに着くと、いつものように合鍵でドアを開ける。
配信部屋には、椅子に座ったまま眠る樹。モニターの前ではコメント欄がざわざわと揺れていた。
透はため息をひとつついて、カメラの前に現れる。
「……すまない、また寝てしまったようだな」
【キターーー】
【あさくらさん!】
【もう公式で番組持って】
【毎度ありがとうございます】
「すぐに配信を切る……つもりだったんだが」
コメント欄に視線を移すと、無数の「朝倉くんの話もっと聞きたい」「質問コーナーして!」の文字が並ぶ。
一瞬だけ考え、透は軽く頷いた。
「……わかった。ただ、その前に……」
そう言って椅子に眠る樹に近づき、優しく抱き上げる。
すっと背筋を伸ばし、安定した手つきで――まるで宝物を運ぶように――お姫様抱っこで寝室へ。
そして数分後、再びカメラの前に戻ってきた透は、椅子に座り直しながら落ち着いた声で言った。
「じゃあ……少しだけな」
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質問コーナーは思いのほか楽しかった。
「得意料理? 最近はラーメンだ。スープから作ってる」
【ガチ勢】
【胃袋つかまれてる……】
「趣味は料理と……家事全般だな」
【完全に嫁】
【朝倉くん家事力高すぎでは?】
視聴者は、その落ち着いた声音と品のある微笑みに惹かれていく。
そして、ふいにコメント欄に流れた質問――
【樹くんのこと、どう思ってるの?】
透は一瞬だけ黙り、視線をカメラから外した。
ふっと息を吐き、口元に穏やかな笑みを浮かべながら答える。
「……大好きだよ。愛してるんだ」
それは、重くも押し付けがましくもない。
ただ、心の底から自然に溢れ出た言葉だった。
【……え?】
【え、まじで?】
【本気のやつ……?】
【あの微笑みずるい】
【嘘じゃない顔してた】
透は、それ以上何も言わず、しばらく静かに画面を見つめていた。
やがて、いつものように落ち着いた声で締めくくる。
「……じゃあ、そろそろ配信を終えよう。付き合ってくれてありがとう。樹が起きたら、伝えておくよ」
そう言って、配信を終える。
最後にちらりと映ったのは――モニターの明かりに照らされた、美しい黒髪と静かな横顔だった。




