はじめましてと、ハグのお願い
前世では女で、彼の“推し”だった男の人を、画面越しにずっと見ていた。
その人が今世では──隣に引っ越してきた我が家の、隣家の息子だった。
樹。十三歳。
落ち着いてて、無口で、でも不器用な優しさを持ってる人。
スクリーン越しで見ていたあの人が、目の前にいた。
しかも、幼馴染として。
俺は、足を止める。
すぐに駆け寄りたかったけど、それじゃあ“推し”に初めて会ったファンみたいだ。
でも、心臓はバクバクしてた。
(ああ……ちゃんと、生きてる。現実に、ここにいる)
母の手を離して、一歩前に出た。
ちゃんと挨拶をしようと思った。
「こんにちは、透です」
そう言って、ふわりと笑ってみせた。
この笑いは、誰かに教えられたものじゃない。
前世で“好き”を何度も叫んだ、俺なりのやり方だった。
そして、俺は問う。
「ハグ、してもいい?」
樹は目を見開いて、「……は?」って、間の抜けた声を出した。
──当然だよな。
でも、俺にとっては自然な感情表現だった。
「嫌だったらしない。でも、俺は樹が好きだからしたい。……嫌?」
真正面から、しっかりと目を見て聞いた。
これはただの子供の甘えじゃない。
“家族愛”や“親愛”を込めたハグ。言葉より行動で伝えるほうが、俺には合ってた。
樹は少しだけ困ったように眉を動かしたあと、「……嫌、じゃないけど」って答えた。
(じゃあ、OKだな)
俺は迷わず、樹の腰に腕をまわして、ハグした。
──やっぱり、推しはあったかい。
それだけで、少しだけ泣きそうになった。
でも泣かない。俺はもう、女の子じゃないし、泣くような年でもない。
ただ、小さく囁いた。
「樹、好き。ずっと一緒にいたい」
その瞬間、樹の肩がわずかに揺れた。
驚いてるんだろう。
でも、俺のこの想いは、きっと届いてる。
たとえ前世のことは知られなくても──今世の俺として、ちゃんと近くにいられるなら、それでいい。
「……よろしくな」
そう言って、樹が俺の背中を軽く叩いた。
それが、始まりだった。
“推し”じゃなく、“幼馴染”としての関係の──大切な第一歩。