配信事故
「……だからさ、このゲーム、初見殺し多すぎじゃ――」
ブツブツと文句を言いながら、画面に向かって操作を続ける樹。
夜、突発で始めたゲーム実況。軽いノリで配信をつけたから、視聴者も程よくリラックスムード。
その瞬間、部屋のドアが勢いよく開いた。
「リビングに洗濯物を放置するなって言っただろ?」
低く落ち着いた声。
画面にスッと入り込んできたのは、長い黒髪を一つに結び、背筋を伸ばした青年――透だった。
画面越しに見ていたリスナーたちは、その姿に一瞬固まった。
【え?】
【今の誰?】
【……男?】
【声落ち着きすぎだろ】
【てかセリフがオカン】
【同棲か??】
【女装した彼氏……?】
【いや彼氏じゃん(確信)】
気づいた樹が、カメラを手で隠すように一瞬身を乗り出す。
「あっぶね!配信中だった!」
透の表情がすっと曇る。申し訳なさそうに、わずかに眉を下げた。
「……すまない、今日配信の予定だったか?」
しょんぼりとした様子で俯きかける透に、樹はすぐさま首を横に振った。
「いや、急に配信始めた俺が悪い。お前は悪くないさ、気にすんな」
「そうか……わかった。じゃあ洗濯物は片付けてくる」
とだけ言って、静かにドアを閉めていく透。
そのやりとりに、コメント欄は一気に賑わい始めた。
【めっちゃ自然に入ってきたけど誰!?】
【雰囲気が落ち着きすぎてて草】
【オカンじゃなくて彼氏じゃん】
【いやでも怒り方がやさしい】
【「すまない」とか言ってるのおもしろすぎる】
【絶対いい子じゃん】
樹は少し頭を掻いて、マイクに向き直る。
「……えーっと、今のは――幼なじみ。で、たまに俺んとこで飯作ったり掃除してくれるヤツな。家政婦でも彼女でもないから安心してくれ、な?」
【いやもう同棲じゃん】
【安心できないどころか惚れた】
【存在が気になる】
【また出てきて……】
ちょっとした不意打ちで、ふたりの関係性に興味を持たれることになった夜。
樹は深くため息をついて、独りごちる。
「……つか、アイツ普通に映ったけど、次から気をつけないとな……いや、俺が……だな……」
その声にどこか照れが混ざっていることには、誰もまだ気づかない。