金曜日の夜ご飯②
「ごちそうさまー……はあ、満足」
食後のソファに沈み込んだ樹が、腹をさすりながら言う。
ダイニングのテーブルには空になったどんぶりと、透が作った豚うどんの名残が並んでいた。
透は手際よく皿を流しに運びながら、冷蔵庫から保存容器を取り出す。
そこには作り置きのきんぴらごぼう、煮卵、鶏ハムが並んでいて、それをタッパーに詰めなおして整えていく。
「なあ、透」
「ん?」
「……いつもありがとうな」
背後から聞こえたその声に、透はほんの少しだけ手を止めてから、ゆっくりと振り返った。
「どういたしまして。でも――好きでやってることだからな」
透の声は変わらず静かで、どこか微笑んでいるような無表情だった。
「それでもだよ。俺、家事はてんでダメだからさ。配信で疲れ切ってるし……金出すことくらいしかできねえし」
「お金を出してくれるだけでもありがたいよ。それに、好き勝手に作れるから楽しいしね」
透はふと笑う。くすっと、ほんの一瞬だけ。
「この前のさ、ルーから作ったカレーとかさ。バケツプリンとか」
「あー。あれ、おいしかったよなあ。特にあのカレー、ちゃんと辛さも俺好みにしてくれてて」
「まあね。今度はラーメンでも作ってみようか」
「ラーメンを手作り!?」
樹がぎょっとして身を乗り出す。
透は、ふわりと目元だけで笑った。
「ふふっ。……でも」
「ん?」
「料理はもちろん、好きでやってることなんだけど」
「……?」
「――花嫁修行でもあるからな」
言い終わった後、透は少しだけ樹の反応を窺うように目を伏せる。
樹はしばらく黙ったあと、鼻を掻きながら目をそらした。
「……そういうの、さらっと言うの、ズルいよな、お前」
「そうか?」
「そうだよ」
透はまた一つ笑う。どこか照れたような、けれど言葉には出さない、ふわりとした笑顔。
そして何も言わず、また背を向けてタッパーを整理し始めた。
言葉より行動。
それが自分の愛情表現だとわかっているから。
でも、たまにはこうやって“言葉”にしてしまいたくなる。
――それもまた、恋というやつなのだろうと。