カードゲーム
日曜の午後、ある配信が始まった。タイトルは《おうち遊び配信!今日はゲストもくるよ!》。
いつも明るい声で配信をするリリィが、今日はちょっとそわそわしていた。
画面には、彼女の自宅のリビング。そこへ、ピンポーンというインターホンの音とともに画面が切り替わる。
「……き、来た。ごめんね、うちの子がちょっと人見知りだから、大丈夫かなぁ……」
現れたのは、黒のレザーでまとめられたロックな雰囲気の朝倉と、ラフで落ち着いた空気をまとった樹。
朝倉は真紅のリップに鋲つきのアクセサリー、シャープなラインの目元メイクまで決めていて、
普段のふわっとした雰囲気とは少し違っていた。
《朝倉さん、今日ギタリストみたいでカッコいい》
《樹くんの隣に並ぶと圧がすごいけど美しい……》
《え、今日ホラー企画だっけ??》
コメント欄もざわつくなか、リリィの小学生の息子・陽向がカメラの端に顔を出す。
……が、すぐさま母の後ろに隠れた。
「ママ……今日の人……ちょっと……こわい」
「……ごめん、朝倉くん。服装、あれ、今日は気分だったんだよね?」
「ああ。ロックな気分だっただけ。怖がらせるつもりはなかったんだけどな……」
朝倉は、怖がらせたことを少し申し訳なさそうに笑いながら、リビングの端に腰を下ろした。
彼の動きは静かで丁寧で、決して威圧感を与えるものではないのに、それでも第一印象のインパクトは強かったらしい。
樹が隣に座りながら、陽向の目線に合わせてしゃがむ。
「なぁ、陽向くん。朝倉ってさ、外見はちょっとロックだけど中身めっちゃやさしいぞ。
あと、めちゃくちゃ甘党。たぶん、君の持ってるクッキー全部食べたがるタイプ」
「……ほんとに?」
「ほんと。……ほら、食べる?」
そう言って朝倉が、リリィが用意したクッキーの皿からひとつつまみ、ぱくりと口に入れた。
一瞬無表情だったが、次の瞬間ふにゃっと頬が緩んだ。
「うん。うまい。……バター多めのやつ、好き」
「……あ、それ、ぼくも好き」
陽向の声が少し近づいた。
そこからは早かった。
まるで何かのスイッチが入ったように、陽向は奥の部屋から自分のカードデッキを持って戻ってきた。
「ねぇねぇ! クリスタルサモナーって知ってる? これ、火属性のレアカードなんだ!」
「お、いいね。初めて聞いたけど、教えてくれる?」
陽向の目がぱっと輝く。
「うん! 火属性は水に弱くて、草には強いんだ! 召喚するにはマナが必要で、毎ターン1ずつたまるの!
“火竜の爪”ってやつは3マナで出せる攻撃力800のレアカード! 俺のエースなんだ!」
朝倉は真剣な顔でカードを手に取り、丁寧に読み込んでから微笑んだ。
「じゃあ……俺、マナ1。ターンエンド」
「それだけ!?(笑)」
ゲームが始まると、朝倉は陽向に完全に遊び相手としてロックオンされてしまった。
最初は怖がっていたはずの陽向が、今や彼の膝に自分のカードを置いて「見て見て!」と無邪気に笑っている。
リリィはキッチンからその様子を見て、思わず吹き出した。
「……あれ、なんで? さっきまであんなに怖がってたのに……」
「朝倉って、最初だけなんだよ。中身はわりと……いや、かなり母性系」
樹が笑いながらコップを受け取る。
《陽向くん、さっきまであんなビビってたのに草》
《朝倉の“お兄さん”力、発動したな》
《母性というより“黒豹に懐く子猫”感ある》
《カードゲーム教えてるの尊すぎるんだが……》
コメント欄もゆるやかに盛り上がっていく。
陽向が「ママ! 次は樹お兄さんと朝倉お兄さんと3人でやりたい!」と言い出し、
朝倉が静かにカードを切りながら「ルール覚えたし、そろそろ勝てるかもしれない」とニヤリと笑う。
「ねえ陽向、さっきは怖がってごめんな」
「ううん……怖くないよ。もう全然」
「そうか。じゃあ……次、俺が勝ったら、その“火竜の爪”もらおうか?」
「やだー!! 絶対負けないからな!!」
陽向が笑いながら身を乗り出すと、朝倉は軽く肩をすくめて小さく笑った。
樹はそんな2人を眺めながら、こっそりカメラに手を振る。
「……これ、完全に“陽向の朝倉兄ちゃん”誕生したな」
《一家に一人ほしい朝倉兄ちゃん》
《カードゲームで完全に攻略されてるの草》
《陽向くんの中の朝倉ランキング急上昇中》
――こうして、ただの“配信のついでに寄った日曜日”は、
ほんのちょっと温かくて、優しい記憶として残っていくのだった。