戦争の火種(notシリアス)
画面の左下にカラフルなテロップが踊る。
《お菓子パーティー開催!甘党全員集合!》
配信者たちのテンションは、最初からMAXだった。
「やーっほー!今日は“甘党代表”が集まったぞーっ!」
「お菓子食べるだけの回です!ダイエット中の人は見ない方がいいぞ!」
「いや見ろ!そして耐えろ!」
顔ぶれは賑やかそのもの。
女子配信者3人――お調子者のアカネ、丁寧系で天然なユウナ、帰国子女でクールなマリナ。
そして、その端で落ち着いた声が入る。
「……どうも。今日は呼んでくれてありがとう。朝倉です。あと、うちの……彼も。」
「……樹です。よろしくお願いします。」
静かに頭を下げたのは、朝倉の恋人である東堂樹。
彼は普段ゲーム配信や雑談をメインにしているが、今回は“見守り役”という名目で特別参加となった。
> 「まさかの朝倉くんゲスト!?」
「樹さんと一緒に!?熱い!!」
「待って、この組み合わせ最強すぎん?」
「お菓子<朝樹で頭がいっぱい」
「……ま、今回は主役は俺たちじゃないから。おとなしく見てるよ」
樹は苦笑しながら、隣に座った朝倉にちらりと目をやる。
朝倉は無表情気味にうなずいたあと、テーブルの端に置かれた包みを静かに撫でた。
「(でも、まぁ……“最後に出す”って言ってあるしな)」
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まずはアカネの出番。彼女は堂々と袋入りの駄菓子詰め合わせを出す。
「どーん!!“10円で世界を救え”シリーズです!最強!!」
> 「もはや修学旅行のテンション」
「予算低めなのに満足感MAXのやつ」
「全部甘いのに全部違う味するのすごい」
次に登場したのはユウナ。
おぼつかない手つきでタッパーを開けると、豆乳プリンと手作りクッキーが姿を見せた。
「形はアレだけど……味は大丈夫なはず、たぶん……」
> 「不安になる前置き」
「でも可愛いからOK!」
「甘くなくても許される顔面」
三番手、マリナはシンプルに高級感で殴ってきた。
ガラスの容器に入った金箔付きマカロンとトリュフチョコ。
「“うちはこういうのしか食べない”っていう家で育ちました。」
> 「つよい(物理)」
「甘さが…貴族…」
「ひと粒で100円超えそう」
三者三様の“お菓子披露”に、コメント欄も拍手と驚きに満ちていた。
だが、そこで朝倉が立ち上がる。
彼の手には、黒い包み。まるで貴重な書物のような存在感。
「……俺のも、出していい?」
3人がうなずくと、朝倉はゆっくり包みを解いた。
そして、口元に微笑を浮かべてこう言った。
「――戦争の火種を、持ってきた。」
「……はい???」
その瞬間、空気が凍った。
女子3人、口を揃えて絶句する中、唯一真顔になったのは――樹だった。
「ちょっと待て、それどういう意味?中身見てもいいか?」
「……ふふ、落ち着いて。爆発物じゃないよ。」
そう言って箱の蓋を開けると、そこには――ふっくらとした円形の和菓子。
生地はしっとり、香ばしい焼き目。そして中にはあんこ。
「……これ、俺は“今川焼”って呼んでる。」
3人の顔が一斉に変わる。
「えっ、それ大判焼きじゃん!」
「えー!?回転焼きでしょ!?」
「うちは“御座候”だったな……」
> 「はじまった」
「文化圏バトル開戦」
「樹さんが真顔で“ほんとに戦争だった”って呟いてるw」
「これだから和菓子は怖い」
樹はテーブルに手をついて深くため息をついた。
「“戦争の火種”って、そういう……いや、いやでも、わかる……」
「俺、今川焼って呼んでたけど、呼び名にこだわったことなかったわ……」
マリナがムキになって言う。
「いやいや!“大判焼き”って紙袋にすら書いてあったからね!?それが公式でしょ!?」
アカネも参戦。
「うちの地元、回転焼きって看板出してる屋台が祭りでずーっとあるんだよ!?文化だよ!?」
ユウナはあわあわしながら言う。
「御座候って言って通じなかったこと、今思い出して泣きそう……」
> 「まさかの持ち寄り配信で文化圏戦争」
「朝倉の一言が引き金だった」
「樹さん、止める側のはずなのに“なるほどな…”って納得してるの草」
その喧騒の中、朝倉は一つ取り上げて樹の皿にそっと置いた。
「……名前なんか、どうでもいいよ。
“好きな人が、美味しいって思ってくれたら”――それでいい。」
その言葉に、樹はふっと笑って首を傾げる。
「甘やかすなよ。お前が戦争ふっかけた張本人なんだからな?」
「ふふ。ちゃんと平和に戻したじゃないか。」
朝倉が微笑むと、3人の女子配信者たちも、ようやくそれぞれに和解しはじめる。
「……確かに、美味いから、どっちでもいいかも」
「この生地ふわふわすぎない?店のより美味いんだけど」
「……あれ、これ何味?あんこに柚子?」
> 「結局味で黙る」
「文化は争っても、うまさは共通」
「やっぱ朝倉料理できるの最強か」
そして、配信終盤。
樹がぽつりと呟いた。
「……いや、でも俺、今まで“今川焼”だって信じてたんだけど……もう揺らいできたわ。」
朝倉はすぐ隣で、甘く囁いた。
「……じゃあ、樹のために、これからは“君焼き”って呼ぼうか。」
「やめろそれはそれで気まずい。」
大爆笑と悲鳴とともに、配信はクライマックスを迎えた。
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“お菓子一つで、戦争も起きるし、世界も救える。”
最後にそんなテロップが流れ、画面は静かにフェードアウトしていった。