教官朝倉
『MISSION:レディ〜最下層からの下剋上バトル!』
配信タイトルが発表された時点で、視聴者はすでに察していた。
これは、あの3人が集まっていい企画ではない。
出演者は3名。
・寝癖爆発のゲーム配信者・ソラ
・ジャンク飯紹介系VTuber・トモミ
・口調が完全にお兄ちゃん系歌い手・カンナ
つまり「女子力って何? 肘で米といじゃダメ?」という世界から来た3人だ。
だが今回は違った。
画面に踊るテロップが、それを物語っていた。
「優勝者には、朝倉が選んだ“世界にひとつだけのご褒美”プレゼント!」
視聴者がざわめき、出演者のテンションが変わる。
「え? 朝倉って、あの朝倉さん!?」
「いやいや…え? あの…モデルで…超有名な…?」
混乱する彼女たちの前に、スタジオの扉が音を立てて開いた。
コツ、コツ、とヒールの音が響く。
シンプルな黒のスラックスに、白のシャツ。髪は艶やかな黒を低くまとめ、瞳は真っ直ぐに前を射抜いていた。
静かに、完璧な美しさが歩いてくる。
教官、朝倉の登場だった。
「……こんにちは。今日から君たちには、3つの試練に挑んでもらう。“自分を磨き抜いた者”だけが、報われる場所まで辿り着ける。大丈夫、自分に向き合う覚悟があるなら。」
声は低く、穏やかで、でもどこか背筋を正される響きだった。
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【MISSION 1:スキンケア・美の基礎を学べ】
朝倉の前に並べられたのは、種類も質感もまるで違うスキンケア用品の数々。
それを前にして、3人は困惑していた。
「これ、何から使うの……?化粧水と乳液って別モンなの?」
「え、てかこの化粧水さ…水じゃん。意味ある?」
朝倉は何も言わず、静かに一人ずつの顔に触れた。
目を細めて肌質を確かめ、手にクリームを取る。
「トモミ、油分が強すぎる。これは朝の洗顔をしてない証拠。……ちゃんと、寝たあとも顔を洗って。夜は砂漠、朝は油田。それが肌。」
「ひえっ、怒られてる……けど言い方が…やさしい……」
「ソラ。君は逆に乾燥しすぎてる。化粧水だけじゃ、守れてない。バリアを貼らなきゃ。」
「……バリア……」
「(ゲーム用語で言ってくれるのありがてぇ)」
ひとつ、ひとつ。
朝倉は笑わず、でも責めずに教える。
知識がなかったことを責める代わりに、「今から知ればいい」と言葉で示す。
「美しさは、“自分に何を与えてきたか”の積み重ね。サボれば、それが出る。続ければ、いつか報われる。」
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【MISSION 2:ファッション・スタイリングで“自分”を魅せろ】
次なるステージは、朝倉が用意した“カスタムスタイリングブース”。
そこには色とりどりの服と小物、靴やバッグが並んでいた。
「ルールは簡単。自分の魅力が引き出せる服を、5分で選ぶこと。」
「え!?服とか、わかんない!全身黒にしときゃいいってわけじゃないの?」
「ヒール? 走れない靴はく意味あるの?」
「パンツって、これ、どっちが前?」
阿鼻叫喚の中、朝倉は静かに言った。
「服は、君たちが“どうありたいか”を先に決めてから選ぶもの。“選ばされる”んじゃない。“選ぶ”の。」
最初こそ混乱していた3人も、時間と共に変化していく。
「らしくない」服に袖を通した瞬間に、新しい自分がちらりと顔を出す。
鏡の前で、照れたように笑う姿に、コメ欄もざわついていた。
「おい…ちょっと…トモミ美人じゃね?」
「ソラが姉貴から姫に進化してるんだが」
「カンナの男前ドレス……良すぎて泣く」
それを見て、朝倉は小さく微笑んだ。
「ほら、最初から素質はあったってこと。」
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【MISSION 3:一番美しい“振る舞い”を見せろ】
ラストミッションは、ティーパーティを想定した所作審査。
立ち居振る舞い、言葉選び、姿勢、全てを見られる。
「“レディ”って言葉は、所作の美しさだけじゃなくて、“心の在り方”に宿るもの。
どんなに見た目を整えても、人を蔑ろにする人間はレディじゃない。」
そう語った朝倉は、ひとりずつに紅茶を注ぎながら言った。
「最後に、ひとつだけ質問をする。…君が、今日“レディ”として学んだ中で、一番大事だと思ったことは?」
3人は、それぞれの言葉で答えた。
「自分に手間をかけてあげることが、ちゃんと大事なんだって思いました。」
「人に見られるとかより、鏡の前の自分に恥ずかしくないようにしたいです。」
「……今まで、女子力とか言って笑ってたけど、逃げてただけでした。少しずつ、変わりたい。」
朝倉は頷いた。目元だけが、柔らかく緩んだ。
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【優勝発表・ご褒美の時間】
視聴者投票で選ばれたのは――ソラだった。
最初は寝癖すら直さなかった彼女が、今日は視線を真っすぐに返してくる。
朝倉は一歩前に出て、手にした小さな白い箱を差し出した。
「ご褒美は、君だけの“香り”。君の雰囲気と相性を見て、特別に調合したオードトワレ。」
驚くソラに、朝倉は静かに言った。
「“綺麗になること”は、自分に魔法をかけること。
……その魔法、君が信じて続ければ、どこまででも行けるよ。」
スタジオに、拍手が起きた。
3人はそれぞれの成長を抱えて、少しだけ自信を持った顔でカメラに向き直る。
画面には、こう書かれていた。
「MISSION:レディ──完了。」