ハッカのドロップ
夜のまったり雑談配信。
お互い湯上がりでちょっと気が抜けたようなトーンで、リスナーとのコメントを拾いながら、二人で駄菓子を摘んでいた。
「……お、懐かしいな、ドロップ缶。こういうの、最近見ないよな」
「でしょ。だから今日は、懐古シリーズ。俺はイチゴ味が好き」
「俺はハッカがいいな。スッキリするし」
「まじか、お前ハッカ得意なんだ」
「うん。ってか……あれ、朝倉、それハッカじゃね?」
「……ん」
ドロップ缶の中から、半透明の白い粒を取り出して、口に放り込んだ朝倉。
一瞬だけ静かになったと思ったら――
「……ぅわ」
「顔引きつってんぞ」
「いや、食べれる。食べれるけど……やっぱこれ、子供舌には早い味だわ……」
微妙に口の中で転がすように、ぎこちなく舌を動かしている朝倉。
たぶん、無意識なんだろうけど――ちょっと眉間に皺が寄ってる。
樹はそれを見て、一拍おいてからドロップを口に放り込み、何も言わずに朝倉のほうへ身を寄せた。
「……え?」
次の瞬間。
ほんの一瞬、画面からは見切れる角度で――
口移し。
樹が、朝倉の口の中にあったハッカ味のドロップをそっと引き取るように舌を滑らせ、代わりに自分が舐めていたイチゴ味を押し込んだ。
濃厚とか激しいんじゃない、
ただ、あまりにも自然で、さりげなくて、優しい。
それゆえに、朝倉の目が驚きで見開かれた。
「……えっ、な、なに、今の……」
「無理に食べるもんじゃないだろ。味、変えてやった」
「いや、そんな……普通に取り替えるって方法が……」
「間に合わなかった」
「……お前な」
ふっと笑った樹が、ハッカ味のドロップを舌の上で転がしながら、何でもないように言った。
「朝倉の顔、ちょっと泣きそうだったから」
「泣かないし。子供じゃないし……」
「……あ、でも今、ちょっと赤くなってるな。顔」
「っ……黙れ」
コメント欄は、もう爆発していた。
> 「!?!?!?!?!?!?」 「口移し……え? 嘘でしょ? 本当に???」 「どの角度!?どの瞬間!?巻き戻しできない!?」 「尊死……ありがとうございます……尊死……」 「朝倉くん、照れてる……かわ……かわ……」
朝倉は顔を手で覆いながら、画面からちょっとだけ身を引いた。
耳まで真っ赤になっていた。
「……お前さ……こういうとこほんと、たまにずるいよな」
「え? 俺なんかした?」
「とぼけんな。リスナー見てみろ。地面に埋まってるぞ」
「ほんとだ、“成仏します”って人いる」
「供養タグ作られそう」
「“#イチゴ味の口移し”とか?」
「やめろって言ってんのに……!」
朝倉がぼそっと「……恥ずかしい……」と呟いたのを拾って、
樹がニッと笑った。
「たまには甘いのも、いいだろ?」
「……イチゴ味、ありがと」
「どういたしまして」
その夜の配信タグは案の定、地獄と天国が入り混じった阿鼻叫喚の騒ぎになった。