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愛しいあなたと  作者: 飴とチョコレート
第二章 高校生編
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リスカ?

朝倉が風呂から上がって、バスタオルの上にどさっと座り込んだ。

濡れた髪をラフにまとめ直して、いつものように無表情――でも、なんとなく機嫌がいいのはわかる。


俺はというと、何気なく視線を滑らせて、ふと気づいた。


「あれ……お前、手首どうした?」


朝倉の左手。ちょうど手首の内側に、小さな絆創膏が貼られていた。

いや、小さくはない。意外と面積がある、しかも、柄が妙にポップ。


ハート。うさぎ。ピンク。……なんか、やたら可愛い。

でも、それよりも先に、俺の頭に浮かんだのは最悪の想像だった。


「……え?」


「それ、いつから?」


「今日の夕方。……あ、ごめん、心配かけるつもりじゃなくて」


朝倉はごく普通のトーンでそう言った。

だが、その声に安心する前に、俺の中で何かが引っかかった。


今日の夕方。

ちょうど俺が外で打ち合わせしてる時間。


「……なぁ。あのさ。変な話するけど」


朝倉は首をかしげた。まっすぐな目で、こちらを見る。


「……お前、そういうこと、してないよな?」


数秒、沈黙。


そして、ぽつり。


「……リストカット、ってこと?」


喉が引きつるような感覚。

だけど朝倉は、何か理解したように、ほんの少し目を細めた。苦笑、ではない。……どちらかというと、呆れているような目。


「……違うよ。まさか」


「……ほんとか」


「ほんと。俺、包丁は得意でもピーラーは苦手なんだ。にんじんの皮むいてて、滑って、がりっとやった」


右手でジェスチャーをしながら、左手の絆創膏をちらっと見せる。

そのまま、指の先をすこし曲げてみせた。


「関節のあたりだったから、ちょっと血が出たけど、浅い。心配いらない」


「……ってか、絆創膏。なんでこんな……」


「ふふっ、可愛いだろ?」


無表情のまま、自分の手首を見下ろして言った朝倉。

けれどその声は明らかに上機嫌で、ちょっとだけ得意げで、なんだかずるい。


「この前、ちまちゃんにもらった。『あさくんに似合いそうなやつ見つけた!』って。せっかくだから使った」


「いや、まぁ……うん……うさぎ柄が似合う180cm男子ってどうなんだよ」


「俺に似合う、ってことはそういうことなんだろ」


いつもの淡々とした返しだけど、俺にはわかる。

朝倉は、心配されたことにちょっと照れてる。たぶん、俺に心配させたことが、ちょっとだけ嬉しかったんだろう。


俺は黙って、朝倉の手を取った。


「ん」


手のひらはあたたかい。

傷は本当に小さくて、触れると逆にこっちが緊張するような感じだった。


「……なあ、朝倉」


「なに」


「今度から、ちゃんと報告しろよ。手切ったとか、そういうの。……誤解するような場所に絆創膏貼るな」


「了解」


それだけ言うと、朝倉は俺の手に自分の手を重ねて、そっと握った。

いつもみたいに、許可を求めるような目線はなかった。最初から、これは“安心させるためのハグ”と同じ分類だって、分かってたんだと思う。


「……心配させて、ごめん。でも、心配してくれてありがとう」


低くて、淡々とした声。


でも。


ちゃんと届いてた。

朝倉は、生きるのが上手なタイプじゃないけど、誰よりもちゃんと生きてる。俺のそばで、ちゃんと“痛みを避けてくれてる”。


俺は、朝倉の手の甲に、軽く唇を落とした。


「……柄付きの絆創膏、常備しとくか」


「選んでくれてもいいよ。今度、一緒に買いに行く?」


「……おう」


なんだよそれ。

可愛いかよ。


って、言ったらきっと黙るだろうから、今日は心の中だけで呟いた。

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