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愛しいあなたと  作者: 飴とチョコレート
第二章 高校生編
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風呂キャス

「……ん、始まってる?」


樹のくぐもった声が、ぽちゃんと跳ねたお湯の音に重なる。スマホ越しに聞こえる環境音は、水のゆらぎと、遠くで鳴る換気扇の音。リスナーたちがそれだけで察するのに時間はかからなかった。


《え?風呂?》《え?????》《誰かひとりで入ってるって言った?ふたり???》


「こんばんは。樹です。今日は……まあ、なんというか、“風呂キャス”です」


「……朝倉もいる。入ってる。こんばんは」


低く落ち着いた朝倉の声が響く。すこし熱を含んで、いつもよりゆっくり。まるで湯気のなかでとろけるみたいなトーン。リスナーはすぐさま騒ぎ出した。


《やっぱりふたりで!?》《音だけでしぬ》《待って無理》《お湯の音エロすぎるだろ……!》


「今日はなんか、ふたりして珍しくゆっくりしてる。久しぶりにさ、何もない夜でさ。配信もする予定なかったんだけど、風呂入りながらキャスでもすっかーってなって」


「……本当に何も考えてない。ただ、湯に浸かってるだけ。音しかないし、見えないし、好きに想像してていい」


「あ、そういうこと言うと、リスナー暴走するぞ」


「別にいい。現実が一番甘いし」


「……こいつめ……」


お湯の音が、ざばぁ、と大きくなった。たぶん、朝倉が体勢を変えたのだろう。水面を揺らすたびに、微かな水音と、ふたりの息遣いがマイクを通して届く。


「……あ、背中流してくれたときのお湯、まだあったかいな」


「お前が無防備だから、泡ついたまま寝そうになってただろ。そっちのが危ねぇわ」


「それは、……お前の手が気持ちよかったせいでもある」


「おい」


《おい》《おい》《おい》

《リスナーの呼吸困難なってるけど??》《えっちじゃないですか!?》《合法お風呂彼氏すぎる》


「……ふふ、やっぱり騒いでる。俺たちのこと、本当に好きだよな」


「うん。でも、それがうれしい」


静かにお湯がまた揺れて、湯船の中で動いた気配。ふたりが寄り添ったか、肩を預け合ったのか。見えない分、余計に想像が膨らむ。


「……なあ、朝倉。明日もこうやって、のんびりできたらいいな」


「できる。……俺が、お前の時間を確保する。命懸けで」


「おいおい、お前はマネージャーか何かかよ……」


「違う。ただの、……恋人」


「…………」


静かに笑い声が混ざって、それから、湯の音がやさしく響いた。


《は????》《この時間、神……》《寝る前に聞くのやばい》《なんだこの供給》《ふたりが幸せなら何でもいい……》


「……そろそろ、あがるか」


「そうだな。あ、でも……」


「?」


「配信、切ってからにしないと。俺、……出るとこ見られたくないから」


「音声しかねえよ?」


「でも、想像する奴はいるだろ? だから切る」


「あー……はいはい、朝倉さん乙女ですねー」


「……お前の前だけな」


ぷつ、と音声が途切れるその直前、ふたりの笑い声だけが最後に残った。

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