赤いチョーカー
夜の部屋には、静かな息づかいと、柔らかな照明の影だけが漂っていた。
窓の外では春の夜風がカーテンを揺らし、微かな音を連れてくる。そのなかで、樹はベッドの端に座って、手元にある小さな包みを見つめていた。折り紙ほどのサイズ。つや消しの黒い箱に、真紅のリボンがひと巻きだけ結ばれている。
「……朝倉、こっち来て。プレゼント」
その言葉に、ロングヘアをふわりと揺らして、朝倉がソファから立ち上がる。ラフなパーカーのフードを外しながら、ゆっくり歩み寄ってくる。
「プレゼント? 俺、誕生日でも記念日でもないぞ」
「そうだけど、お前って記念日関係なく、何かあげたくなるときあるだろ。そういうやつ」
不思議そうに眉を寄せながらも、朝倉は素直に箱を受け取る。手の中で軽くて、少しだけ温かい。リボンを解き、ふたを開けた瞬間、目に入ったのは――
真紅のチョーカーだった。
しっとりとした上質なレザー。内側は朝倉の肌に馴染むように加工され、金具はマットゴールドで統一されている。中央には、ちいさく彼の名前と「K.T.」の刻印。
「……これ、オーダー?」
「うん。サイズも、素材も、全部。お前がつけるための一本」
朝倉は一瞬、言葉を失ったように見えた。それから、ゆっくりと唇をほころばせる。
「……すごいな、お前。これ、俺が欲しいって言ったことあったっけ?」
「いや、でも……似合うの、わかってたから」
その答えに、朝倉は一度ふっと笑って、そっとチョーカーを取り出す。
「つけてくれ」
「いいのか?」
「うん。お前がくれたもんは、お前につけてほしい。……俺が、お前のもんだって実感したい」
――その声には、甘さと、少しの熱が混じっていた。
樹は立ち上がり、背後にまわってそっとチョーカーを首元に巻く。カチリと音がして、しっかりと留まった瞬間、朝倉の体がぴくりとわずかに震えた。
鏡越しにその姿を見ると、長い髪と紅いチョーカーが美しく溶け合い、思わず息を呑む。
「……似合ってるよ。かわいい」
「ふふ……ありがとう。……ああ、俺、お前のだって感じがする」
朝倉はそう言って、ゆっくりと樹の胸に顔を預ける。
それは静かで、深くて、確かで――
誰にも見せない夜の、ふたりだけの約束のようだった。