握手会のその後
握手会が終わった後の会場前。
夕方の光が斜めに落ちて、ちょっとだけ空気が冷えはじめる時間帯――そこに、まるで彫刻みたいな男が立っていた。
赤いジャージに、ゴツめのスニーカー。
編み込まれた髪、頬のハートシール、キラキラのアイシャドウ。
けど、立ち姿は無駄がなくて静か。黒豹のような佇まい。
ファンの中で一人、明らかに異彩を放つその存在に、すぐに人が集まり始めた。
「えっ、え、やっぱ朝倉くんじゃない!?」「さっきの握手会にいたやつ!」「マジで!? 本物!?」
「すっごい、思ったより小顔…てか顔面強…え、ちょっと意味わかんないレベルで可愛い…」
ファンたちの声が一斉に飛び交う。
けど、朝倉はそのざわめきにも一切動じず、ひとつだけ小さく手を上げて口を開いた。
「写真は、すまん。事務所の規約でNGなんだ。でも、話すのは問題ないから。何か、あるか?」
その言葉に、集まっていたファンたちは一気に喜びの声を上げた。
「え、えっ話していいの!?」「やばい、尊い…」「喋れるとか優勝じゃん…」
「“バーンして”って言ってもいいですか!?」「“ちゅき”って言ってください!!」
飛び交うリクエストに、朝倉は一瞬だけ表情を考えるように伏せてから、小さくうなずいた。
「“バーン”、だな。……こう、か?」
人差し指と親指をL字にして、少し照れながらも目線を合わせて――「バーン」。
「ぎゃあああああああああ!!!」「死んだ! 今日の人生終わった!!」「最高すぎて泣いた!」
「“ちゅき”……俺は、……お前のこと、ちゅきだぞ?」
感情がこもってるのかこもってないのか分からない、けど確かに“本気のファンサ”。
その落差にファンたちは狂喜乱舞。
「えぐいえぐいえぐい!」「待って待って無理!!」「推せる…無限に推せる……!!」
そんな大混乱のなかで、一人の子がぽつりと聞いた。
「……朝倉くんにとって、一番のファンサって、なんですか?」
その声に、朝倉は一瞬だけ目を伏せた。
そして、ふっと表情を和らげて、空を見上げながら言った。
「……俺にとって一番のファンサは、“愛を叫ぶ”ことだ。……もちろん、樹への、な」
「……ッ!!!??」
その一言で、ファンたちのボルテージは天井を突き抜けた。
「えっえっ、あの、あの“愛”って!?」「叫ぶって……ここで叫ぶってこと!?」「やるの!?マジで!?いや死ぬ!!!」
そして朝倉は、静かに周囲を見渡して、一歩前に出た。
胸に手を当て、深く息を吸って――
「俺は、東堂樹が、世界で一番好きだあああああああああああああああ!!!」
完璧な発声。無駄のない通りの良い声。
照れも、躊躇いもない。そこにあるのは、ただただ真っ直ぐな“推しへの愛”。
「うわああああああああああ!!」「マジで結婚して!!!」「尊いを超えて神話!!」「今日来てよかった!!死ぬまで語れる!!!」
「やっぱ朝倉くんやばいわ」「本気すぎて引くレベルで惚れる」「あれをさらっとやるの、推しの中の推しだけだろ……」
興奮するファンたちの中で、朝倉はふっと笑った。
「樹はな、俺の全部だ。だからこそ……“俺”も、ちゃんと見せていきたい。俺がどれだけ、好きかってことを」
そう言って、小さく手を振ると、周囲からは割れんばかりの拍手と歓声。
その日、ファンの誰もが思った。
“朝倉はガチすぎる”“あれが愛か”“あれが本物か”
そして、帰り道でこう呟くのだ。
「……朝倉くんの“好き”は、ファンサの最高到達点だよな……」