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愛しいあなたと  作者: 飴とチョコレート
第二章 高校生編
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握手会

俺の手を握るファンの手は、ひとりひとり、みんな違う。


小さく震えている手、ぎゅっと力のこもった手、勇気を振り絞ってくれたのが分かるような手――それを握り返して、少しだけ言葉を交わす。それだけの時間だけど、俺は好きだ。この一瞬を大事にしようとしてくれる気持ちが、全部伝わってくるから。


「応援してます! 配信も、歌も!」


「ありがとう。また配信で会おうな」


列は順調に流れ、笑顔とありがとうが繰り返されていく。少し疲れは出てきたけど、それでもまだいける。まだ、ちゃんと向き合える。


そう思っていた、そのとき。


次の番のファンを見て、俺はほんのわずかに目を細めた。


派手な赤いジャージに、ゴツめのスニーカー。髪は三つ編みとハイライトが混じってて、メイクはデパコス全開のツヤ肌、目元はキラキラに盛って、頬にはハートのシール。


男だった。

けど、見覚えのある輪郭。立ち方。空気。表情の作り方。


……なんか、見たことある。


というか、めちゃくちゃ見慣れてる。


「……お前、もしかして……朝倉か?」


俺がぼそっとそう言うと、派手ファンはふっと笑った。


「よく分かったな。やっぱ目、鋭いな、樹は」


「マジで来たのかよ……!」


驚いたっていうより、呆れたような、笑ったような、そういう声が自然に出た。


朝倉――俺の恋人で、配信でもよく一緒にいる朝倉が、バリバリの“変装”をかまして、ここに並んでいた。


「チケット当たったからな。俺も、ちゃんとファンだし。……握手、してくれんだろ?」


俺は一瞬言葉を失ったけど、目の前の朝倉は、恥ずかしがるどころか、どこか誇らしげな顔をしていた。


「もちろん、自腹で買ったからな。公平に」


「律儀かよ……」


握手を求められて、仕方なくというか、当然というか、その手を握る。

小さな手じゃない。でも、やっぱり朝倉の手だった。すぐ分かった。


「……ずっと、会いたかった」


「俺、毎日会ってんだけど?」


「それとこれとは別。今日は“ファンとして”だからな」


小さく笑う声が、俺だけに聞こえるような音量で落ちる。


そのやり取りを見ていた後ろのファンの子たちがざわついた。


「えっ!? 朝倉くん!? え、マジ!?」「え、やば、めっちゃ可愛いんだけど」「変装して来たとか……尊い……」


「あれ……ホントに朝倉さんじゃね?」「写真撮っちゃダメかな……やばい、心臓が……」


あっという間に広がる気配。


スタッフが気を利かせて、軽く周囲をカバーしてくれる中、朝倉は「ご迷惑おかけしました」と一礼し、すっとその場を離れようとする。


けれど俺は、ぎゅっと手を離さなかった。


「……嬉しかった、ありがとな。俺にとって、お前がファンでいてくれるのは、特別だ」


「……俺にとっては、推しであり、人生だからな」


小声で囁いて、朝倉は本当に嬉しそうに目を細めた。


その笑顔が、あまりに幸せそうで、俺は胸がちょっと痛くなる。


手を離して、次のファンに視線を戻す前に――思わず口を開いた。


「……お前がいるから、このチャンネルも、俺も続けられてんだ。ありがとな、朝倉」


それに対して、背を向けつつも振り返りもせず、朝倉は一言だけ置いていった。


「当然だ。お前の“いちばん”が、俺だからな」


その言葉と一緒に、ハートのシールがきらりと光った。


一瞬だけ、視界がじんわりと熱くなったけど――まあ、それも悪くないって思った。


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