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愛しいあなたと  作者: 飴とチョコレート
第二章 高校生編
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ヤケ食い

配信の冒頭、カメラが映したのは、静まり返った部屋と、ソファに座る男ふたりの姿だった。


樹の膝に、朝倉が顔を埋めている。長い黒髪がふわりと揺れて、額から鼻筋までぴったりと樹の胸に預けたまま。コメント欄がざわめく。

「どうしたの…?」「朝倉くん無言じゃん」「空気が重い……」


樹は苦笑しながら、ぽん、と朝倉の背中を撫でた。ぴくりとも動かない。明らかに落ち込んでいる――というより、完全に“萎えて”いた。


「いやさ……」

樹がようやく口を開く。

「聞いてやってよ。今日の昼、朝倉が親子丼作ってくれたんだけどさ、マジで気合い入っててさ」


前日の夜から“明日は親子丼を作る”と宣言し、朝から鶏肉に丁寧に下味をつけ、出汁を昆布と鰹節で取って、玉ねぎの火の通り具合まで繊細に調整していた。

朝倉の料理はいつも手が込んでいるが、今日はいつも以上に真剣だった。


「でも、最後の最後でさ……砂糖と塩、間違えたらしい」


コメント欄が悲鳴に近い反応で埋まる。

「うわ……」「それは……つらい」「しょっぱい親子丼……」


「俺も一口もらったんだけど、もう、ね。しょっぱいとかじゃないの、笑っちゃうくらい“しみる”のよ」


それがトドメだったのか、朝倉はそのまま座り込んで、静かに樹の膝を枕にした。無言のまま、身じろぎひとつしない。


「で、さっきやっと言葉を発したと思ったら」


樹が、少しだけ口元をほころばせて、膝に伏せた黒髪の頭を見つめる。


「“俺、お前の良い妻でありたかった……”って。マジでさ、泣きそうな声で言うから……俺、どうすりゃいいんだよ」


コメント欄が一気にざわつく。

「妻って言った!?」「結婚してたの!?」「尊すぎる……」


樹はちょっと照れくさそうに目を逸らしながらも、静かに呟いた。

「……いや、俺からすれば、充分だよ。いつもがんばってくれてるし、何作ってくれても嬉しいよ」


すると、朝倉がようやく動いた。ぐい、と顔を上げたが、その目はまだしょんぼりしたままだ。


「……でも、あんな初歩的なミス……俺、プロ意識が足りなかった。せめて、味見してたら……」


「プロじゃなくていいから。俺、お前の手料理が好きで食べてるんだよ?」


「……俺は、お前の良い妻で、良い主婦で、良い家庭を築くパートナーになりたいんだ……」


その言葉に、コメント欄が一斉に悶絶する。

「主婦て……」「結婚前提どころか生活始まってるじゃん」「なにその重い愛……好き」


樹は思わず噴き出しそうになりながらも、頬にわずかに赤みを浮かべた。

「……ありがと。ほんと、好きだわ、そういうとこ」


そして、おもむろにカメラの前に大きな箱を持ち出す。中身は――ピザ。それも、巨大なサイズが3枚。さらにサイドメニューが山のように詰まっている。


「というわけで! 本日はピザパーティーです!」


コメントが一斉にざわめいた。

「量!!」「10人分あるだろそれ」「パーティーの規模が狂ってる」


「いや、今日はもう“やけ”だから。朝倉、親子丼失敗してごはん食べてなかったからな」


朝倉が、黙ってピザを一切れ手に取る。チーズがとろりと垂れるのを見て、ほんの少しだけ、口元が緩んだ。


「……今日は抑えない。全部食う」


「いいぞいいぞ、食え食え。どうせお前、普段は抑えてるだけで結構食えるもんな。燃費いいタイプの大食い」


コメント欄も、少しずつ笑いが戻ってくる。

「前に言ってたな」「ギャップえぐい」「妻、大食いだった」


その日、配信は予定を大きく超えて続いた。

画面の中では、しょんぼりしながらもピザを次々と平らげる朝倉と、それを笑いながら見守る樹の姿が、まるで本当の新婚夫婦のように、微笑ましく映っていた。


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