目薬
目の奥にジンとした痛みが広がり、じわりじわりと涙が溢れてくる。
目薬がしみると、どうしても感覚が敏感になってしまうから、顔をそっと上げて、静かに涙を流す。
いつも通り、そんな風にして目を閉じていたら――
ガタガタとドアが開く音がした。
「朝倉? お前、何してるんだ?」
樹が部屋に入ってきて、僕の顔を見た瞬間、目を見開いた。
「……え?」
その顔を見ると、どうやら僕の目元がうっすらと濡れているのを見て、すぐに反応してきた。
「え? え? 何、どうしたんだ?」
樹は目を丸くして、駆け寄ってきた。
「――なんだよ、これ、どうしたんだ? 泣いてるのか?」
「違う、違うんだ。目薬さしただけだって」
僕は慌てて言うけど、樹の目にはまるで演技で涙を演出してるみたいに見えたらしい。
「いや、でも、さすがに泣くくらいしみる目薬なんて、やりすぎだろ? 普通さ、こんなことやらないって。演技、演技でしょ? だってお前、よく演技して涙流すときみたいに、目薬をわざと目にたらして演技してるんだろ?」
「え? だから、目薬さしただけだって」
「いやいや、目薬で泣くなんてさ、ちょっとバレバレだって。そうやって涙流して見せるの、よくテレビとかでもやってるじゃん? お前もまさか、こうやって『演技』で涙出してるんだろ?」
樹の目が完全に納得した様子でうなずいてきた。
「え、違うって! 本当にしみてるだけだってば!」
「いや、だから、演技でしょ。お前、涙の出方まで計算してるし、何か隠そうとしてるみたいに、うっすら泣き顔にしたりさ。『わざと』泣いてるんだろ? 見え見えだって」
「違うよ、ほんとに。目薬なんだって。俺、演技してるわけじゃない!」
必死で否定してみたけれど、樹はやっぱり完全に誤解したままだ。
「いや~、本当に泣くような目薬使ってると思ってたんだけど、演技でやってるのがバレバレだよ。お前が泣くってわかってたから、わざと涙を流してる感じだろ? あれ、涙を流すためのテクニックを使ってるんだろ?」
「演技じゃねぇ! 本当にしみてるんだよ!」
その言葉に、樹はまた少し笑った。
「いや、まあ、演技の時でも泣くフリとかするときにわざと目薬たらして、涙演出するじゃん。それをお前も使ってるのかなって」
「だから、違うって! 本当にしみるだけ!」
樹があまりにも納得しているのが、逆にこっちが焦ってきた。
でも、どうしても樹には「目薬で涙を演出してる」と誤解されているみたいだ。
「え、ちょっと待って、でもさ、どうしてそんなに自然に涙を流せるんだ? 目薬使ったのはいいとしても、流れるスピードとか……リアルに見えるし、演技じゃないならどうやって涙を操ってるんだよ?」
「だから、目薬だって言ってんだろう!」
樹が納得できない顔をしているから、どうしてもイラついてしまう。
でも、何を言っても樹は「演技をしてる」と思い込んだままだ。
目薬をさして泣いている本当の理由が、演技だと思われるなんて、どうしても腑に落ちない。
「う~ん、でもまぁ、演技って言っても、お前の演技力は高いからな。これくらい自然に涙流せるってことは、どっかで訓練してるんだろ?」
「……もう、いい。適当なこと言ってるから、こっちが疲れるわ」
樹はしばらく考えてから、「まあ、そうか」と頷いて、結局その話は終わったけど、未だに樹の中では僕が涙を演技して流しているという結論になっている。
ただ一つ言えることは―― 僕が本当に泣いていたことは、まるで無かったかのように扱われてしまったってことだけ。
本当、どうしてこうなったんだろうな。