猫耳
「……え、つけてる?」
配信が始まって数分後、コメント欄がざわつきはじめる。
《え、猫耳……?》《朝倉、今日なんか違くない?》《なんか生えてる!?》《しっぽ、あるよね……!?》《猫化しとる》《猫、猫だ!》
その声に樹がようやく画面を見て、隣の朝倉の頭を凝視する。
「おい、それ……それ、マジで動いてないか?」
朝倉は無言でちらりと目を動かし、尻尾をゆっくりと後ろで揺らした。
「……いやいやいや、え、どうなってんの?」
「もらったんだ。猫耳と尻尾。リアルなやつ。音と筋肉の動きで反応して、表情とか心拍に合わせて動くやつ」
「……こえーよ技術。いや、すげえな」
樹が思わず立ち上がって、朝倉の後頭部をのぞきこむ。
「どこにどうくっついてんだよそれ、マジで自前みたいじゃん……てか、違和感なさすぎる。お前に」
「でしょ。俺もつけて鏡見たときちょっと思った。“……似合うな”って」
「いや思ったんかい」
《本当にリアル》《えっぐ、かわいい》《目と耳と尻尾が連動しててやばい》《うそでしょ実写のケモミミやん》《動きが自然すぎる》《もはや本人の一部》
「ほら、見て。ほら。音に反応する」
パチンと指を鳴らすと、猫耳がぴくんと動く。
「うわ、……ちゃんと向くな。うわ……すげえ、なんかもう……」
「触ってみる?」
「……いいの?」
「壊すなよ」
「俺をなんだと思ってんだ」
慎重に手を伸ばして、耳の付け根に触れる樹。ふにっとした感触に「うわ、すげえ」と小声で感嘆する。
「これ、素材なに?人工皮膚?……え、でも体温あるし、心拍に反応してるってことは、あー……センサーとAI連動か。うわ、ガチのやつだこれ」
「そう。死ぬほど高かったらしい。プレゼントで届いたけど、送ってきたやつ、たぶん変態かオタクのどっちかだと思う」
「お前がつけるから成立してるだけで、俺がつけたら放送事故だなこれ……」
「うん、似合わないと思う」
「即答すんな」
《喧嘩すな》《朝倉以外つけたら確かに事故》《あまりに似合ってて公式設定にしてほしい》《ていうかもう生えてるでいい》《猫朝倉、爆誕》
「でもほんと、朝倉……つけても違和感ねえな。っていうか、むしろそっちが本体?」
「そんなわけない」
「いやいや、今日の配信は“朝倉、猫になる”で確定だわ。タイトル回収された感ある」
「じゃあ、次は……“樹、餌やりに挑戦”?」
「やめろ」
樹が苦笑して突っ込む横で、朝倉の尻尾が静かに揺れた。耳もぴくぴく動き続けていて、どう見ても“嬉しそう”。
「……やっぱすげえわ。それ、どっからどう見ても、今“嬉しい”って顔してる耳と尻尾してる」
「でしょ。ちゃんと感情と連動してるから」
「お前、普段クールなのに、こういうとき感情出まくってんの、ちょっと反則だぞ」
「ふふ。わかりやすいだろ」
「いやほんと、こういうの似合うから困るんだよな……」
コメント欄が「やっぱ付き合ってる」「これで付き合ってないなら嘘」「もう結婚しろ」で埋まっていることに、ふたりはまだ気づいていない。