入学式
春の空気はまだ少し冷たくて、制服の上着を着ていてちょうどいい。入学式の朝、校門前で保護者に混じって立つ樹の目に、ひときわ目立つひとりの男子生徒の姿が映った。
「……透?」
人混みの向こうから歩いてくるのは、間違いなく透だった。すらりと伸びた長身はもう樹と並んでも引けを取らない。いや──少し、追い越してるかもしれない。黒髪は艶やかで、背中まで伸びた髪をひとつに束ねているのがよく似合っていた。歩くたび、髪の束がふわりと揺れて、その姿はどこか神秘的ですらある。
「あ、樹」
透が気づいて、軽く手を上げた。無表情だが、どこか柔らかい空気がある。口数は少ないのに、感情はきちんと伝わってくる。不思議な奴だ、と樹は思う。
「でかくなったな……びっくりした」
「そう?」
透は立ち止まり、樹の前にぴたりと並ぶ。見上げていたはずの透の目線が、もうほぼ同じ高さだった。
「……なんかさ、変な感じだな。俺が保育園に迎えに行ってたのに、今じゃこっちが迎えられそうな身長差じゃん」
「成長しただけ。……俺、ずっと一緒にいたいと思ってるから。樹と並んで歩けるくらいにはなりたいって、思ってた」
さらりと、でも迷いのない声。心の奥に小さな熱が灯る。樹は思わず笑ってしまった。
「お前ってやつは……ほんと、昔からブレないよな」
透はふと、小さく笑った。ふわりと表情がほどけて、その一瞬の笑みが樹の胸を打つ。ああ、やっぱり──この子は、昔から変わらない。けれど、ちゃんと大人になっていってる。
「高校生活、楽しめよ。……なんか困ったことがあったら、いつでも言え」
「うん。でも、困らないように頑張る。樹に、カッコ悪いところ見せたくないから」
たぶん、恋だとか愛だとか、そんな単語にするにはまだ幼くて。でも、確かに「想い」はあって──
高校の門をくぐっていく透の背を、樹は目を細めて見送った。
「……あの頃、小さな手でハグしてくれた子が……なぁ」
心の中で、誰にともなくつぶやく。少しだけ、胸が熱かった。