ホラーゲームで霊障が
【配信タイトル:「ホラゲやってたら、なんかマジで変なこと起きた【閲覧注意】」】
夜中、薄暗い照明の中、ホラーゲーム配信が始まる。
プレイしてるのは樹。背景は肝試し風の廃墟探索系、暗闇の中に何かがチラつく恐怖系。
「……おい、この音、ゲームのやつだよな?え?こんなとこで笑い声流れたっけ?」
コメント欄に一瞬ざわめき。
《今、女の声しなかった?》《うしろ見て》《画面じゃなくてマイクで拾ってるやつじゃね?》《まじで怖いって!》《え?今動いたよね?影!》
一瞬、配信がカクついたかと思えば、マイクがノイズを拾い、カメラがふっと暗転。
戻ったとき、樹の背後の棚のぬいぐるみが、微妙に角度を変えていた。
「……おい、やめろよ、ほんとに。俺、ホラゲは平気だけど“そっち”はダメだからな……」
そう言いつつも、ゲームを進める。だが音が飛ぶ、映像が乱れる、電気が一瞬だけ明滅する。
配信の視聴者数が跳ね上がり、《これ配信続けて大丈夫?》《ガチでヤバくね?》のコメントが溢れる。
そのときだった。
――ガンッ!
画面の外で、ドアが開く音。
配信に映らないところから、朝倉がスッと現れた。
パジャマの上に黒のロングカーディガン、髪はほどいたまま、片手にドリンクのボトル。
「……なんか変な音してたけど、大丈夫か」
「大丈夫じゃねえわ……配信中に霊障来たかもしれん。ぬいぐるみ動いたし、カメラ止まるし……」
朝倉は無言で部屋を一瞥。視線が、画面外の“何か”に向けられた。
その瞬間――彼の雰囲気が、変わる。
コメント欄も気付く。
《え、朝倉さんの目つき……》《なに?なんで立ち止まったの?》《今、誰か見てたよね!?》《配信者の彼女が来てるのに空気が冷えてるの草じゃなくて怖い》
そのまま、朝倉は静かに、しかし迷いなく一歩踏み出し――
次の瞬間、虚空に向かって回し蹴りを叩き込んだ。
バシッという風切り音。床に何もないのに、その音だけがクリアに響く。
さらに、右手をパシンと振るように振り抜いた瞬間――部屋の空気が一気に軽くなる。
何かが「抜けた」感覚。
電気のチラつきも、ノイズも止まった。
「……たぶんこれで大丈夫。しつこくなければね」
そう言って、朝倉はボトルを一口飲んで、隣のソファに座る。
目を丸くした樹が、じっと朝倉を見る。
「……お前、霊退治とかできるんだな……?」
「うん、まあ……“感覚的に”だけど。
触れるから、殴るっていうか、ぶん殴るっていうか……
“あっちの奴ら”って、“こっちに干渉できるなら、こっちからも干渉できる”理屈でしょ?」
「理屈こえぇんだけど」
「俺、スピリチュアルとかよくわかんないけど、“見える・触れる・気配ある”なら“存在する”って判断するタイプだからさ。だから物理で処理してるだけ」
コメント欄、騒然。
《物理で殴る派だった!?》《ゴーストバスター朝倉》《一番信頼できる除霊》《これはヒールじゃなくてブーツ履くべき》《“論理じゃない、感覚で殴る”名言すぎ》《そっちの世界でもイケるの強すぎ》
樹が頭抱えて、ぽつりと呟く。
「……どんな彼氏だよ、おまえ」
「恋人(物理)」
「やかましいわ」
そして、そのままゲームを再開。もう霊障は起きなかった。
画面の隅に、こっそり描かれるテロップ。
> “配信者が霊に取り憑かれても、恋人が蹴り飛ばせば安心です”