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愛しいあなたと  作者: 飴とチョコレート
第二章 高校生編
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知育菓子

【配信タイトル:朝倉、人生初の知育菓子チャレンジ。科学ってロマン。/出演:朝倉・東堂樹】


配信が始まると、テーブルいっぱいに並んだパッケージが目に入る。

お寿司の形をしたグミ、色水で色が変わるラムネ、粉と水でケーキになるもの、ハンバーガーやフライドポテト風のやつ――いわゆる「知育菓子」ってやつだ。


どれもこれも、色鮮やかで、不思議なギミックが詰まってる。


朝倉が、楽しげにそれらをひとつひとつ並べ直しながら言った。


「これ、全部初めて。見たことはあるけど、買ったのは初」


「マジで? 一個ぐらいやったことあるかと思った」


「うん……昔こういうの、親に“片付けるの大変だからやめて”って言われてた。……だから、今日はまとめてやる」


コメント欄がざわつく。


《親あるあるすぎる》《初知育菓子!?マジか》《大人になってから買うやつwww》《朝倉の初体験、いただきました》《親目線になるな…こんなん…》


朝倉はまず、カラフルなお寿司グミのパッケージを開ける。

中から出てくる粉の袋、小さなスプーン、型、スポイト――それを丁寧に並べて、一つひとつじっと見ていく。


「これ……酢飯パウダー? こっちはたまご……あ、こっちイクラ作るやつか」


ピンと張った声じゃなく、穏やかで柔らかい口調。

だが目は真剣そのもので、まるで実験装置を前にした研究者のようにすら見える。


「たぶん……このパウダー、水に溶かして……んー、ペクチンとか、アルギン酸? いや、こっちは寒天系かも。……これ、イクラのやつ、ナトリウムとカルシウム反応でゲル化する系?」


「いや理系かよ」


隣で呆れ混じりに笑う樹。

コメント欄も盛り上がる。


《語彙が強い》《あっこれ理系の顔》《実験かな?》《お前ほんとに高校生か?》《朝倉博士じゃん》《“イクラを科学で創る”》


朝倉は真剣なまま、スポイトでオレンジの液体をぽとん、と透明な水に落とす。


すると――ぷるん、と丸い粒が浮かび上がる。


「……できた」


その瞬間、ぱあっと表情が明るくなった。

キラキラした目で、ぷるぷる揺れるその粒を覗き込んで、嬉しそうに言う。


「……これ、すごい。ほんとに“イクラ”になってる。見た目、味は違うけど……構造が、ちゃんと、粒だ」


「かわいすぎんだろ」


ぽろっと、隣の樹がこぼす。

本人は真顔のつもりだが、どこか口元が緩んでいた。


「え?」


「いや、別に……そんだけ真剣な顔で、嬉しそうにイクラ作ってたら、な」


コメント欄が一斉に反応する。


《出た~~~樹の不意打ちかわいい》《それはこっちのセリフだろ》《自然に殺しにくるな》《かわいいって言われて“え?”の朝倉かわいい》《ほのぼのしすぎて死ぬ》《結婚してくれ~~~》


朝倉は一瞬固まった後、視線を落として小さく笑った。


「……うん。楽しい、これ」


朝倉は少し照れくさそうに笑いながら、こう言った。


「……これさ。

たぶん俺、子どもの頃にできなかった分、今取り戻してるんだと思う。

こういうの――ちゃんと“楽しい”って気持ちで作るの、ずっとやりたかった」


「……」


「食べ物は、機能とか値段じゃなくて、“思い出”とか“嬉しい”で選ぶこともある。……それが今日は、こういうカタチになっただけ」


一瞬だけ沈黙があって、それを壊すように樹が笑った。


「かわいすぎんだろ。おまえ」


一つ一つの工程を確認しながら、水の分量をきっちり測る。

型に押し込んだ“酢飯グミ”の表面は、カードで丁寧に平らに――


「ちょ、待って。なんかめちゃくちゃ丁寧じゃね?」


「当然。……寿司は、料理じゃなくて工芸品。だから、まずベースを綺麗にしないと」


コメント欄も笑いながらどよめく。


《真顔で言うなwww》《工芸品ww》《プロフェッショナル~寿司グミの流儀~》《こいつ職人の顔してる…!》


朝倉は手を止めない。

パウダーを水で溶き、卵のグミ、マグロのグミを作り、それぞれをナイフ(付属のスプーン)で切り分けていく。


「……これ、型に押すとき、空気抜かないと層がずれる。あと……水の量、0.5ccでも多いと柔らかくなりすぎて切りにくい」


「え、なんでそんな精密に分析してんの?」


「普通に考えたらそうなる」


「いやならねーよ」


イクラを作る段に至っては、「ナトリウムとカルシウムの反応」だとか「ゲル化反応だと思う」とか、化学的な視点まで挟みつつ、

スポイトの角度や滴下スピードまで調整し、

ついに――


透明な皿の上に、完璧な“イクラ寿司”が完成した。


それは、知育菓子とは思えないほどのクオリティだった。

酢飯の形は整っていて、海苔に見立てた黒いグミがぴしっと巻かれている。

上に乗った“イクラ”はつややかに光り、形は潰れず一粒一粒が揃っていた。


樹が絶句したまま、それを見ていた。


「……なあ、おまえ……何を見せてんの、俺らに」


「寿司」


「ちげーよ、もう“知育”じゃねえよ。これは“職人技菓子”」


コメント欄も爆発する。


《完璧すぎて逆に怖い》《えっ!?これグミだよな!?》《待って、なんかのコンテスト出られる》《包丁持ってないのに切り口綺麗すぎ》《クオリティが大人の手じゃん…》《まって、食べずに飾りたい》《なんか涙出てきた…》



そのあとも、ホイップを粉と水で泡立てて、チョコ味のパンケーキを作ったり、ポテト味の練り粉をしぼってカリッとさせる工程に感動したり――

知育菓子に対して、ほとんど“神聖”に近いテンションで取り組んでいく朝倉。


だが一番驚かされたのは――


「……なんで? これ、オーブンも火も使ってないのに、“焼いた香り”する」


「おー、それ俺も気になってた。どうなってんの?」


「たぶん、香料に“焦がし感”入ってる。……炭化したっぽい匂い、わざと足してると思う。すごい。……駄菓子って、やっぱ科学だ」


コメント欄、またざわつく。


《もう朝倉、博士号もらって》《楽しそうすぎてこっちも笑う》《知育菓子が知識菓子になってる》《こいつ、菓子でテンション上がるのに顔は冷静なのズルい》《科学ってロマンだよな…》


知育菓子が並ぶテーブルと、真剣に笑う朝倉と、それを見つめる樹。

大人と子どもの狭間みたいな空気に、配信はじんわりとした温度をまとっていた。


「次は……これ。ジュース作るやつ。3色混ぜると色が変わる」


「理科の授業じゃねーか」


「ちがう。……これは、俺の、青春だ」


そんな言葉に、コメントも樹も、吹き出して笑っていた。

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