薔薇
「そういえば、ちょっと前に渡したやつ、話すか?」
配信の冒頭、柔らかな照明の中でぽつりと呟く朝倉。その声に、樹がチラと横目で見て笑う。
「……お前、あれ配信で言う気なの?」
「言ってもいい?」
「どうせ止めても言うだろ」
軽く肩をすくめて笑う樹に、朝倉はふわりと笑って続けた。
「このあいだ、薔薇を999本、渡したんだ」
「いや、ほんとに来たんだよ。でかい箱が。宅配の人が『すっごい良い香りしますね!』ってニコニコしてたから、俺も何が入ってるのかと思って開けたら……。見渡す限りの、薔薇」
「赤いのと、少し白。あとピンクが混ざってた。色合いも全部選んだんだ」
コメント欄が一気に盛り上がる。
《999本って!》《プロポーズ!?》《まって花屋どうした!?》《想像の1万倍ロマンチックで草》
「ふつう、108本が『結婚してください』だっけ?」
「うん。999本は『生まれ変わってもあなたを愛す』って意味」
「いや、重いんだよお前、花言葉まで」
笑いながら言う樹に、朝倉は静かに微笑んだ。目は伏せられていて、感情は声に混じっているだけ。
「重いよ。でも、俺の愛はもともと重いからな。だから……切り分けてるつもりだったけど、たまには、全部を渡したくなった」
「……」
少し沈黙があって、コメント欄も静まり返る。
「で。俺も何も返さないのはなって思って」
「うん」
「花屋で、1本だけ選んだ。黒薔薇」
その瞬間、コメント欄がざわついた。
《黒薔薇!?》《え、黒薔薇の花言葉……》《『憎しみ』『あなたを呪う』とかじゃなかったっけ!?》《重すぎて逆に刺さるやつだこれ》
「でも、お前ら知らないだろ。黒薔薇って、『永遠の愛』『決して滅びぬもの』って意味もあるんだよ」
「うん。知ってた。だから、俺、すごくうれしかった」
「お前が渡した999本の薔薇には敵わないけどさ。1本だけでも、俺の全部だぞって、そういう意味」
「俺の全部か……なら、俺ももう1本だけ追加していい?」
「は?」
「次会ったとき、お前に青い薔薇渡す」
コメント欄が爆発する。
《青!?》《奇跡!?》《『不可能を可能にする』『夢が叶う』ってやつ!?》《ロマンがすぎる》《情緒が忙しい》《尊すぎて鼻血出た》
樹が顔を手で覆いながら「配信で言うな、そういうこと……」と笑い混じりに呟く。朝倉はそれを見て、目元を少しだけ緩める。
「じゃあ、次の歌ってみた動画は“奇跡”っぽいやつにしような?」
「……お前、演出ガチすぎるだろ……」
「俺の愛は、演出も本気だよ」
樹は笑ってるけど、耳が赤くなってる。コメント欄は既に「結婚しろ」「毎日プロポーズしてるじゃん」「命を賭けた愛じゃん」などの言葉で埋め尽くされていた。