好きな子にイジワルはダメ
ある日の昼下がり、幼稚園の教室の隅っこで、小さな声の言い合いが聞こえてきた。
「ばか!」「なんでそんなこと言うのよ!」
透が振り返ると、男の子のリュウタと女の子のミカが向かい合って涙目になっていた。近くにいた保育士は気づいていない様子。透は静かに立ち上がって、二人のところに歩いていった。
「……どうしたの?」
ぽつりと透が尋ねると、ミカは怒ったように言った。
「リュウタがわたしの絵、ぐちゃぐちゃにしたの!」
「してない! ちょっとぶつかっただけだもん!」
けれどリュウタの目は泳いでいた。透は彼の顔をじっと見て、少し考える。
「……リュウタ。ハグ、していい?」
唐突な言葉に、二人ともポカンとした顔をしたが、リュウタはこくりと頷いた。
透はそっとリュウタに近づき、柔らかく腕を回す。そして、静かな声で言った。
「俺は、リュウタのこと好きだから、ハグした。好きな人には、こういうふうにするんだよ。優しくしたり、伝えたり。でも、好きだからって、意地悪するのは違うと思う。」
リュウタの目が大きく見開かれる。
「……うそ……でも……ミカに、好きって言ったら、変だって思われるかもって思って……」
「伝える前にぐちゃぐちゃにする方が変だよ」
透は言葉少なに微笑む。
「もし“ぎゅってしたい”だけなら、それも、ちゃんと“してもいい?”って聞こう。俺はそうしてる。」
リュウタは俯き、小さな声で「……ごめん」と呟いた。
そのあと、リュウタはミカの前に立って、言った。
「ごめん……ミカ。俺、ミカのこと好き。だから、絵のとき近くにいたくて、でもうまく言えなかった……ごめん!」
ミカはしばらくびっくりした顔をして、それから「……ばか」と呟いて、リュウタの手をそっと取った。
透はそれを見て、何も言わずに微笑んだ。
あとで、先生が「あれ? さっきまでケンカしてたのに、なんだか仲良しに戻ってるねぇ」と首を傾げていたけれど、透は何も言わず、静かに折り紙を続けていた。