プロローグ 推しのいる世界に転生して
前世の俺は、ごく普通の女子だった。
学校に行き、課題に追われ、休日は趣味に生きる……そんな、どこにでもいるようなオタク気質の学生。
そして俺には、人生を救ってくれた“推し”がいた。
──その人は、配信者だった。
名前は樹。
ゲーム実況も雑談も、時には真面目に人生語りまでこなす、ちょっと大人びた雰囲気のある青年。
声が好きだった。話し方が好きだった。
あの低くて穏やかなトーンに、少し照れたような笑い声に、俺は何度救われたかわからない。
「好き」だった。
けど、もちろん“届かない”とわかっていた。
画面越しの存在に、どれだけ気持ちを募らせたって、それは一方通行のまま終わる。
──そう、思ってた。
交通事故だった。
暗転した視界の中、最後に思ったのは「もっとあの声を聞きたかった」だった。
そして──気がついたら、俺は赤ん坊になっていた。
新しい名前。新しい性別。新しい人生。
名前は水瀬透。
性別は男。
だけど中身は前世のまま、心も記憶もそのままに。
戸惑いもあった。けれどそれ以上に、どこか吹っ切れたような気持ちだった。
前世の自分が届かなかった場所に、もしかしたら届くかもしれない――そんな、根拠のない希望。
そして数年後。
ある日、向かいの家に越してきた家族の息子を見たとき、俺は一瞬で息が止まった。
──いた。
俺の、推しが。
少し幼くなっていたけど、面影はそのまま。
声も、口調も、落ち着いた雰囲気も──あのとき画面越しに見ていた人と、何も変わらなかった。
「よぉ、隣の……お前、名前なんていうんだ?」
「……水瀬透。そっちは?」
「樹。夏目樹。よろしくな、透」
推しの名前を、推しの声で聞いた。
その瞬間、俺は確信した。
──この人生、全力でいく。
もう一度会えたこの奇跡を、絶対に無駄にはしない。
それが恋なのか、憧れなのか、崇拝なのかはまだわからない。
けど、俺はこの人を一生、好きでいる自信がある。
それが、俺と“推し”の始まりだった。