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衝動と蛇口

作者: 有芳

 カイルは砂漠を越えねばならぬ。妻と子、年老いた母は、彼の出稼ぎを拠り所とする。砂の海洋を渡った先に、起死回生の黄金の大陸があるのだ。

 ふと周囲を見まわした彼は、遠くで波打つ砂面になにか得体の知れぬものが落ちているのを目にした。正体を知る前に、風に撫でられた砂はそれを覆い隠してしまう。向こう岸に辿り着くまでの時間と体力、水の残りを計算して、多少の寄り道ならば問題なかろうと判断し、それがあった場所へと足を向ける。

 存在するだけでは気にも留めなかったものを、目の前で隠されれば暴きたくなるのが人の性。

 幼き日、彼の父は出稼ぎに行くと言って黄金の大陸に向かって以降、戻ることはなかった。それゆえに家は貧しく、同年代の子供が得ていた楽しみを剥奪された。カイル少年が仕事を放り出さぬか目を光らせる番人はここにいない。この好奇心が限られた労力を超えぬよう心の中で誓いを立てるついでに、息を切らせながら目的の場所で跪いた。

 手袋ごしの感触は曖昧で、摩擦は腕を重くし、擦れて不快な音を鳴らすばかり。雲なき空に浮かぶ太陽は乾いた空気に乗じて難なく彼を照りつける。焦りと共に手袋を脱ぎ捨てた。陽に晒された砂は分厚い皮膚が覆う掌に熱さを伝え、粒は細かな傷をつけていく。しかし深く手を入れてみれば存外冷たくて、心地良い。

 爪に砂が入るのも構わずかき混ぜていると、指先に硬いものが当たる。ようやく見つけた手がかりを掴んで引き抜いた。

 彼の財布の中にもいくらか入っている、普遍的な硬貨。

 ――これではない。

 隠された謎の大きさに見合わぬ収穫だ。

 勢いそのままに硬貨を投げ捨て再び砂を掘る。頬を伝う汗はほとんど滑り落ちる前に乾いてしまい、体からどれほどの水分が奪われていったのか、今は感じ取ることができなかった。彼は砂面に十四時の影を落とし続ける。遂に砂漠は音を上げて、戦利品を彼に差し出した。今度こそ。

 それは骨が剥き出しの、不出来なミイラ。指には、見覚えのある、母と揃いの指輪。

 彼は一心不乱に全身を掘り起こす。劣化し穴の開いた荷袋からは、ミイラが持ち帰ったであろう硬貨が音を立てて流れ落ちた。

「……う、こほっ、ゲホッ! ェオ……」

 言い表せぬ衝撃を受け好奇心を使い果たした彼の体は、ようやっと喉の潤いが失われていたことに気が付いて嘔吐を催すほどの咳を生じさせた。喘ぎ喘ぎ、震える手で水筒の蓋を開け口付ける。本能的な生への執着が体を支配し、もはや今の彼に快楽の蛇口をしめることはできない。

 軽くなった水筒は、風にあおられて飛んでいった。


暑い日に飲む冷たい水は気持ちが良い。そして、買ったばかりの500mlのペットボトルをすぐに空っぽにして、もう一度買いに行く。

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