繰り返す夢
* * *
(また、同じ夢……)
夢の中であろうと、胸を貫かれた熱さや痛みは本物だ。
だから、何度も経験したくはない。
けれど、これは私が義兄の氷魔法に貫かれる直前の場面だ。
「はあっ、はあっ……」
私は必死に走っていた。
思い出すことができなかった、死ぬ数十分前の出来事だ。
(なぜ、こんなに息を切らして走っているのかしら……でも、わかりきっている)
たった一人の家族のために走っているのだ。私のために自らを犠牲にしてしまうたった一人の……。
「お義兄様!!」
(犠牲……? だって、お義兄様は私を殺した。私に興味を持たず、顧みることすらなかったはずなのに)
忘れてしまった何かのために私は走っているらしい。
もう間に合わないであろうことは、私自身が一番理解している。
それでも走らずにいられないのは……。
長い時間走り続けて、ようやく見つけた義兄はすでに血まみれで立っているのがやっとの様子だった。
* * *
「それで、いったい君はどうしてしまったんだい」
夢からゆっくりと覚めていく。
やり直す直前に起きた出来事……。
忘れていた真実にようやく手が届きそうだったのに、その記憶は霞のように消えていってしまう。
「父上……」
「いや、君たちか。僕がなにも気がつかないとでも?」
「……父上のことを敬愛しています」
「ん? それは嬉しいけど」
「どうか三年だけ、俺を信じて任せてくださいませんか。こんなことを言える立場でないのは理解していますが……」
「君は……。はあ、アイリスが目を覚ましかけているようだ。この話はまたのちほど」
ぼんやりと目を開ける。
重要な単語がいくつか聞こえてきた気がしたけれど……。
「お父様……」
「こんなに長く眠り込むなんて、よほど疲れていたんだね。でも、到着するから、そろそろ起きなさい」
「はい……」
そうだった、私は建国祭の舞踏会に参加するために王都に向かっているのだ。
つい眠ってしまったけれど、とても重要な夢を見ていた……。
心臓がドクンッと波打った。
脳裏に浮かんだのは、血に塗れて俯く義兄の姿だ。
「お義兄様!!」
「……どうしたアイリス」
その声は、頭のすぐ上から聞こえてくる。いつもと変わらない落ち着いたその声に安堵しつつ、起き上がろうとしたとき私は今置かれている状況に気がつく。
「あ、あれ……?」
「それにしても、いつの間にアイリスはこんなにシルヴィスに懐いたんだ」
「あわわわわわ!?」
勢いよく起き上がる、やはり思った通りの状況だった。
(わ、私、お義兄様の膝枕で眠ってしまっていたの!?)
私の顔はみるみる真っ赤に染まったことだろう。慌てて起き上がり頬に手を当てる。
「申し訳ありません。お義兄様!!」
「…………よほど疲れていたのだろう」
その瞬間、馬車は目的地に到着した。
私は混乱したまま、先に馬車から降りて差し伸べてくれた父の手を取る。
「きゃ!?」
足を滑らせたけれど、フワリと抱き上げられた。
「おやおや、まだ眠かったのかな?」
父が苦笑しながら私を抱き上げて歩き出す。そのあとを義兄が黙ってついてくる。
「歩けます! 私、歩けますわ!」
「僕の大事な宝物が転んで怪我をしたら大変だ。受付までくらいは良いだろう?」
「!?!?!?」
こうして私の公式の場へのデビューは、周囲からの大注目の中、幕を開けるのだった。