薔薇の花の秘密
執務室に行くと、父は招待状の返事とにらめっこしていた。
「お父様、お久しぶりです」
ガタッと音を立てて立ち上がった父は、足早に私の元へ歩み寄った。
「元気そうで何よりだ」
あっという間に私は父に抱き締められていた。
「お会いしたかったです」
「ああ、僕もだよ」
婚約者になった義兄よりも、父との距離のほうがよほど近い気がする。
(気のせいではないわね)
ちらりと義兄に視線を送ると、少し離れたところに立っていた。
「ところで、君たちの婚約のお披露目式の服だけど、出来上がっているよ」
「わぁ!」
「ほら、シルヴィスも」
「俺は……」
「まあ、君はもう見ているか。というより、初めて参加した建国祭の舞踏会以降ずっとアイリスのドレスは君が」
「父上っ!!」
父が少々意地悪げな笑みを浮かべた。
思い出すのは少しだけ紫がかった淡いピンク色のドレスだ。
やり直し前は参加しなかった三年半前の建国式の舞踏会。
あのとき用意されていたドレスは、私がこの家に来て日が経っていないにもかかわらず、豪華なつる薔薇の刺繍がされたオーダーメイドの品だった。
「あのドレスも、お義兄様が?」
「……」
義兄はあからさまに視線を逸らした。
「……アイリスが引き取られ、会うまでの間に君の夢を何度も見たから」
「……それは」
「だが、今ここにいるのはあのとき見たどの夢にもいない君だ」
「どこが夢と違いますか?」
とても気になって質問すると、義兄は穴が空きそうなほど私のことを見つめた。
「顔色も良いし、髪の毛にも艶がある」
「美味しいものをたくさん食べてますからね」
やり直し前は、いつも伯母たちの残り物、罰を与えられれば食べられないこともあった。あのころに比べて栄養満点の食事が私を変えたのだろう。
「それに幸せそうに笑うようになった」
「それは、お義兄様も同じですよ」
やり直し前は、義兄は私から距離を取っていたけれど、幸せそうには見えなかった。
今は時々だけれど、幸せそうに笑うことがある。
「ああ、だがあまり背は伸びなかったな」
「……ひどいです、お義兄様」
「はは、そしてあのころも今もとても綺麗だ」
「……っ!?」
義兄に褒められて動揺していると、父がため息をついたあと私を抱き寄せた。
「僕もアイリスにドレスを贈りたいのに、それだけはシルヴィスが頑なに譲らないんだ。もう、さっさと好きだと言えば良かったのに」
「えっ……」
私が驚いて声を上げると、父まで驚いたような顔をした。
「……は? まさか、まだ伝えていないのか? あんなに重々しいほど気持ちが込められた薔薇の花まで部屋の前に飾るように指示しておいて?」
「――薔薇の花はやり直し前も、私の部屋の前に飾ってありましたから、お義兄様ではないと思いますよ。ねえ、お義兄様……」
「……」
義兄がこんなに顔を赤くするのを私は初めて見た。口元にそえられた大きな手は、半分以上義兄の顔を隠している。
それなのに、耳まで赤くなっているから隠しきることができていない。
自分より照れている人がいると、案外冷静になれるものだ。
私は不覚にも義兄のことを可愛いと思ってしまった。