嘘つき
義兄との距離は、三年経っても普通の兄妹より遠いままだ。
(まって、たまに普通の兄妹よりも近かった気もするわ)
風邪を引いたりすると、どれだけ忙しくても義兄は領地に戻ってきて私のことを心配してくれた。
そんなときの距離は、いつもよりとても近くて……。走馬灯のようにグルグルと思い出されるのは、やり直してから変わってしまった義兄の行動ばかりだ。
そのとき、義兄と目が合った。
金色の瞳は真っ直ぐに私の淡い紫色の瞳を見つめている。
「お義兄様……」
ほんの少しだけ、その口元が緩んだ気がした。
「……っ、だめ!!」
動こうとした瞬間、刃が少しだけ首元に食い込んで焼け付くような痛みを覚えた。
止めようとしたのに私の力では身じろぎすることしかできず、義兄の足元が氷と霜で覆われていくのをただ見ているしか出来ない。
あっという間に、義兄の魔法は私の足元まで凍てつかせた。
私を拘束していた男性が、うめき声を上げる。
剣を掴んでいたその手は完全に凍ってしまっていた。
リセルが義兄のそばを離れて私を抱き上げ、男性から距離を取る。
大量の魔力を放出した直後だからなのか、義兄は全く身動きがとれないようだ。
男性は反対側の手で剣を拾うと、義兄を切りつけようとした。
「お義兄様!!」
大声を上げて駆け寄ろうとする私はリセルに制止されてしまった。
そのとき、背後から金属がこすれ合うような音が聞こえてきた。
(うそ……まだ敵がいるの!?)
けれど、私の予想に反し後ろから放たれた矢は正確に義兄を狙う敵の腕を撃ち抜いた。
剣は落ちて、凍り付いた地面の上でクルクルと回る。
「……やれやれ、僕の子どもたちはどうして危険に飛び込もうとするのか」
振り返ると、そこにはヴェルディナード侯爵家所属の騎士たちと父の姿があった。
あっという間に、伯母と敵は全て拘束され、事態は収束へと向かうのだった。
* * *
助け出された私と義兄は、父の馬車に乗せられた。
珍しく眉間にしわを寄せた父が、私と義兄を交互に見てため息をついた。
「二人ともボロボロじゃないか……」
「お父様……どうしてこちらに」
「――アイリス、君に対しては僕がそれを聞きたい」
「うっ……」
そういえば私は、仮病を使って父を引き留めようとした上に、部屋から抜け出してここにいるのだ。
父の言葉は当然だろう。
「大切な子どもたちが二人して死を覚悟したような目をしているのに、僕が気がつかないはずないだろう……。そして、君たちが命を賭けるのは家族のために決まっている」
「お父様……」
「父上……」
父は、大きく手を広げると私たちを二人まとめて抱きしめてきた。
「シルヴィスはアイリスを引き取った後から、アイリスはお披露目式のときから、急に大人びてしまった……。そして、時々死線をくぐり抜けてきた騎士のような目をすることがあった……」
「お父様」
「君たちは、未来を知っている……それは荒唐無稽な僕の妄想でしかないのだろうか」
「――それは」
父は私たちがやり直していることを知って、それでも見守っていてくれたのだ。
「父上、確かに未来を夢で見ました」
義兄の言葉に驚いて顔を上げる。
父は物憂げな視線を向けながら、口を開いた。
「そうか……。建国時、我がヴェルディナード侯爵家の始祖は未来を視て初代国王を助けたと言うからな……ただのおとぎ話だと思っていたが」
今でも王国内で強い力を持つヴェルディナード侯爵家。
そのルーツは建国神話まで遡る。未来を視るという不思議な力を持つヴェルディナード侯爵家の始祖は、何度も初代国王に力を貸し助けたという。
(――お義兄様はやり直しているのではなかったの?)
てっきり、義兄も私と同じで人生をもう一度やり直していると思っていたのに、夢で見ただけと聞いて呆然としてしまう。
「アイリスもそうなのかい……?」
「私は……」
ふと、義兄の魔法で心臓を貫かれて死んだ私がやり直しているなんて、二人に言えないと思ってしまった。
「ええ……夢で未来を視ることがあるんです」
「……アイリス、人は嘘をつくとき瞬きがほんの少し増える」
「……」
「そこで視線をさまよわせるなんて、嘘をついていたと言うようなものだ。嘘をつくのが下手な君が社交界で生き残れるか心配でしかたがない」
結局、私だけがやり直していることを父に隠し通すなんてできなかった。
「アイリスは俺と同じで未来の夢を見ているのだと思っていたが、やり直しているということは死んだということか?」
「……そうですね」
「そうか……」
義兄がどこか剣呑な響きを感じる口調でそう口にした。
最終的に私の命を奪ったのは、義兄の魔法だ。
今ではそれは故意によるものではなかったと確信している。
けれど、その出来事を義兄は知らなかったのだ。
「――アイリスの表情から察するに、この話は、今すべきものではないようだ」
「お父様」
顔を上げると、父が眉根を寄せたまま私を深刻な表情で見つめていた。
「それより、二人ともこんなにボロボロになって……傷が治るまで、絶対に屋敷から出さないから、覚悟しておくと良い。特にアイリス、可愛らしい爪まで剥がれてしまって!!」
「えっと、確かに手は痛いですけど、明らかにお義兄様のほうが重傷に見えるのですけど……」
「頬に傷まで作って何を言っているんだ。君が仮病を使うなんて珍しいと思っていたけれど、まさかこんな無謀な行動に出るなんて」
(あ……それも気づいていたんですね)
涙ながらにもう一度抱きついてきた父は、本当に私たちの傷が治るするまで王都の屋敷から出してくれることがなかった。
しかも、義兄の方が私よりも早く解放された。
私はと言えば、爪の傷を理由に何一つ自分ですることを許されず、やり直して三年目の建国祭当日まで過保護すぎるほど守られて過ごすことになったのだった。